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遙か
14
 ある朝、電車の中で前の学校で同じクラスだった女の子からメールが来ていることに気づいた。
 発信は深夜で、メールを開くと、なんと恋の悩みが長々と書かれていた。彼女は俺が前の学校で一番仲がよかった友人を好きになってしまったようで、端的に言うと、いろいろ彼のことを教えてほしいと言うことだった。転校した俺にそんな依頼が来たのは、たぶん誰にも話が漏れないと踏んでのことだろう。
 だけど、こういうのはどうなんだろう。本人が知らないところで他人に情報を流すのもなんだし、かといって彼女に協力しないというのも友人が幸せになるチャンスを見過ごす行為のような気がする。おぼろげに友人は彼女のことが可愛いと言っていたことがあるような気がしないでもない。
 友人に彼女に教えてもいいかと聞くのは秘密にしておきたいらしい彼女に悪いし、友人に黙って彼女に情報を流すのは人道的に友人に悪い。
 どうしたものかと学校についても携帯の画面を開いて悩んでいると、とつぜんひょいと携帯がとられた。
「斉藤くん、めっずらしーね、携帯開いて」
 顔をあげると、俺がカンニングの手伝いを断ったうちの一人が俺の携帯を持ってにやにやしていた。
「…返せよ」
「これ、女じゃね?うわー、結構やるじゃん。で、なんだってー」
 俺は立ち上がった。他人のメールをこんな風に晒すなんて許せなかった。
「返せ」
 俺が立ち上がったのに気づくとそいつはゲラゲラ笑いながらふざけたように俺から逃げだした。
 小学生か、と忌々しく思いながら、追いかける。
「突然メールごめんなさい」
 そいつは逃げながら大声でメールを読み始め、教室にいる奴らも笑ってそれを見ている。止めようとしてくれる奴なんて一人もいない。
「ちょっと聞いてほしいことがあってメールしました」
「おお!愛のコクハク?」
 それどころか合いの手を入れ始める奴まで出てくる始末だ。
 俺はなんとかそいつに追いつき、携帯を奪い返そうとした。だけど、俺の携帯は宙を舞い別の奴の手に渡る。
「私いま好きな人がいるんですけど……おお?!」
 俺が次に追おうとした奴は、途中で声をあげると不自然に前のめりになりそのまま勢い良く転んでしまった。ガシャンと俺の携帯が床をすべる。
 慌ててそれを追って拾い上げ、振り返ると、転んだ奴の後ろに篠井がいた。
「…ってーな!なにすんだよ!!」
 そう言いながら、そいつは立ち上がって振り返り、そこに篠井の姿を認めると見る間に勢いをなくした。
 そしてばつが悪いように、俺の携帯をはじめに取り上げたやつのところへいくと、いっぱつ頭をひっぱたく。叩かれた元凶の奴は悪びれた様子もなく、へらへらと笑っているだけだ。
 周囲はあっという間に興味をなくしてまたてんでバラバラなことをし始め、クラスが元の雰囲気に戻ったことに俺は安心し、篠井のところへ行った。
 篠井が助けてくれのが、すごく嬉しかった。以前、俺が篠井が助けたいと思ったら助けてくれればいいと言ったことを覚えいての行為とは限らないが、そんなことはどうでもよかった。
「ありがとな。助かった」
 俺が礼を言うと、篠井は、照れているというのとはまた違った表情を浮かべて俺から目をそらした。
「亮くんさ…」
「なに?」
 亮くんと篠井に呼ばれるのは久しぶりだ。すこし擽ったい。
「友達、いたんだな。…俺以外にも」
 何を言い出すのかと思うと、篠井の周りにいつも群がっている奴らがやってきた。
「そりゃ普通にいるでしょー。前の学校の奴とかさ。篠井君、何言ってんの」
 そいつが変わりに言ってくれたので、俺は篠井に応える必要がなくなってしまった。
 篠井は言われたことがわからないとでもいうような困惑した表情になった。
「なに言ってんのはお前だろ。さっき女とかいってたじゃん、友達じゃなくて彼女じゃね?」
 別の奴が言うと、篠井はびくりと反応し「…彼女?」と呟く。
「か、彼女じゃないよ、友達…っていうか知り合い」
 慌てて言うと周囲は、却って囃し立て、俺は誤解を解くのに大変だった。

 
 その日、放課後、図書室に篠井がやってきた。
 未練を残しつつも俺はもう来ないものと思っていたので、ものすごく驚いた。しかし篠井は手ぶらで、勉強しに来たというわけでもなさそうだ。
 俺の横に腰をおろすなり、篠井は言った。
「あのさ、東京の友達ってどんな奴?」
 なんとも答えにくい質問だ。
 それにしても、ずっと来なくてごめん、とまではいかなくても、久しぶりとか何かしら前置きがあるものじゃないだろうかと思わないでもなかったが、とりあえず答えた。
「どんなって…普通のいい奴だよ」
「普通って?」
「んー…言葉で説明するのは難しいなあ」
 適当にあしらわれたように感じたのか、篠井はむっとして口を尖らせた。ちょっと幼い印象になるその表情が俺は少し気に入っていて、また間近で見られたのが少し嬉しい。
「まあ、それはいいや。それよりさ」
 篠井は片手で頬杖をついて身を俺の方に乗り出した。顔がちょっと近づいてわけもなくうろたえる。
「亮くん、今、彼女いる?」
「え?いないよ」
「さっきのメールの子は?」
 篠井の質問は矢継ぎ早で言葉が短くて、なんだかまるで刑事の尋問を受けているようだ。それにしてもさっきのメールの相手については、教室で囃したてられた時にくどいまでに説明したというのに、いったい何がそんなに気になるんだろう。
「だからさ、さっきも言ったけど、クラスが一緒になったことがあるだけで」
「転校してだいぶ経つのになんで今頃メールして来たの?」
 あまりのしつこさに俺は仕方なく事の顛末を説明した。彼女は俺の友達が好きで、その情報提供をして欲しいというメールだったと。すると篠井はひとつ息を吐いた。
「そっか。じゃあさ、亮くん、彼女いたことある?」
 なんのインタビューだと思いつつ、俺はちょっとした見栄をはった。
「ないけど…。でも、一回だけ告白されたことあるよ。……転校する日にされたから、その後、特にどうなったってわけじゃなかったけど」
 せっかくはった見栄を、いらないことを付け加えて自分でだいなしにしてしまうのは気が小さいからだろうか。
「転校する日じゃなかったら彼女になってた?その子」
 言われるまで考えたこともなかったが、俺も彼女を好きだったわけだからそうなってたのだろうか。もっとも中学生の付き合いなんて一緒に下校するくらいだろうけど。
「…そうかもな。でもさ、転校最後の日にっていうのはすごいダメージだったな。もうちょっと早く言ってくれれば…」
 俺の言葉をさえぎるように篠井は言った。
「どんな子だった?名前は?」
「え、えーと親切で………親切だった。俺、やっぱ転入生だったんだけど、クラスに馴染めるように気を遣ってくれたりとかしてさ。えっと、名前は…」
 なんで名前なんて知りたいんだろうと思いつつ記憶をたどる。だけど彼女の名前はよく思い出せなかった。名字が「た」からはじまって名前はなんか流れる感じだった気がする。それよりも、告白された日の帰り道の自分の醜態の方を色濃く思い出してしまって、俺は衝動的に頭を抱えて机に突っ伏した。
「ど、どうしたの?頭、痛いの?」
 慌てて心配する篠井に悪くて、俺は忌まわしい記憶を話した。最後の日に告白されて、その悔しさに涙してしまったこと。しかも相当感情的になって友達に一席ぶってしまったこと。そしてその記憶は今でも俺を苛んでいること。
 篠井は笑ってそんなこと、と言ったが、他人にはそんなことでも、当人である俺にとってはとんでもないことだ。
「でも、まあ、わかった。亮くんに告白するならお早めにってことだね。あ、それから」
 まだ何か質問があるのかと篠井をみると、篠井は俺から視線を外して申し訳なさそうに言った。
「俺最近ちょっと忙しくて放課後時間がなかったんだ。待っててくれてたんだったらごめんね。…でも俺、亮くんが誘ってくるの待ってたんだけど」
 その言葉に俺は篠井を見た。
 篠井はまた口を尖らせて、俺の好きな表情をする。
「亮くんから誘ってくれたらなんとか都合つけようと思ってたのに。…いっつも遊びに行ったり、どっか誘ったりすんの俺からだからさ、これからは亮くんにあわせようかなとか思って我慢してたのにさー」
 その言葉にわだかまりが溶けたような気がした。同時に春が来たように胸の中が明るく、暖かくなる。
 篠井の言葉が、なぜかどうにかなりそうなくらい嬉しくて、俺は再び俯いて頭を抱えた。
 するとまた心配したような篠井の慌てた声が振ってきて、それも俺を幸せな気分にした。

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