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遙か
13
 色々あった夏休みも終わり新学期が始まって学校へ行くと、初日だからか、意外にもいつもよりも教室に人が多いような気がした。
 それに正比例するように教室はいつもに輪をかけてさらに騒がしく、生徒の不真面目さも相変わらずで、どこからかは既に始業式をさぼって遊びに行く相談も聞こえてくるほどだ。
 それをほんの少しだけ懐かしく思いつつ、俺は自分の席に座って先生が来るまでの暇つぶしに本を読んでいた。
 するとひときわ大きな声があがり、反射的にそちらに顔を向けると篠井が教室に入ってくるところだった。
 声をあげた奴は篠井の変わりように驚いたようで、髪がどうとかピアスがどうとかしきりにまくし立てていて、篠井はそれに得意そうに笑って何か答えている。
 優越感というほどではないが、自分はすでに篠井の変化を知っていたわけで、それがなんとなく周りよりも彼と親しげな感じがして、なんだか少し気分が良かった。
 しかし俺の心はすぐに萎んだ。

「……俺もさ、待ち合わせしたとき別人とか思って素通りしちゃってさあ」

 篠井の周りにいる誰かが発した言葉が耳に入ってきて、それで俺は篠井が夏休み中に会っていたのは俺だけじゃないということを知った。
 とたんに、自分がなんだか思い上がっていたようで、ものすごくいたたまれない気持ちになる。恥ずかしい。
 もしかしたら、俺は篠井の生い立ちや遥のことを知っているのは自分だけだと何の根拠もなく思っていたが、そんなこともないのかもしれない。いや、ぜったいに俺だけじゃないだろう。そう思うとさらに恥じ入る思いだ。
 そもそも、篠井は友達が多いし、俺とはせいぜい2〜3ヶ月の付き合いだ。なのに誰かより親しいとか、俺だけが知っているとか思いあがれた自分が不思議だ。
 だけど篠井は学校で唯一の友達なのだから、そう思ってしまってもしかたがないのかもしれない。
 自分を立ち直らせるためにそう思った時、篠井と目が合った。なんとなく笑いかけると、ふいと目を逸らされる。
 目が合ったのは気のせいだったかと、決まり悪い思いに拍車がかかって俺はおとなしく本に目を戻した。
 
 篠井が席につけば少しは話せるかと思ったが、結局その日篠井はほとんど席にいることはなく、俺と口をきくことは無かった。それでも平常授業が始まればまた彼と放課後に話す時間もできるだろうと俺はたいしてそのことを気にもとめなかった。
 
 
 俺の思惑とは裏腹に、授業が行われるようになっても、篠井は図書室に来なかった。
 篠井はたいてい放課後誰かに捕まっていて、いつもは俺が図書室に先に行って彼を待つ形になるのだが、いくら待っても篠井は現れず、俺は一人さびしく帰る日々が続いた。はじめのころは、夏休み明けだし、他の友達と積もる話があるのだろうと特に気にしていなかったのだが、半月も経つとさすがに篠井はもう来ないつもりなのだと認めないわけにはいかないようだ。
 篠井に直接、もう勉強はいいのか聞こうかとも思ったが、篠井はいつも誰かと一緒にいて、どうにも話しかけづらく、それに、もういいと彼の口からはっきり告げられるのも嫌で、つい聞けずじまいのままだ。
 俺は別に篠井に無視されているというわけでもなく、時々は教室で声をかけられることもあった。しかしそれは相変わらず漫画を貸す時だけで、まるで夏休みよりずっと前に時間が逆戻りしたかのようだ。
 授業中にノートをとることなく馬鹿騒ぎしている彼を見ていると、遥のことを聞いたのも川原で彼の泣き顔を見たのも土手を手を繋いで歩いたのも、全部夢の中の出来事のように思えた。
 篠井と勉強しだす前も、それなりに楽しく過ごしていたはずの放課後の図書室での時間は、俺にとって無味乾燥なものに変わってしまった。読書も勉強も身に入らず、ドアと時計だけを気にして、そうでなければ篠井がこないことについてあれこれと考えを巡らせた。
 
 一体、どうしたんだろう。
 思えば、遥が嫌だと言っていた漫画を篠井は家に読みに来ていたから、もしかして、もう遥の言うことを聞くのはやめたのかもしれない。
 あるいは、遥が勉強なんかするなと言ったのだろうか。
 
 なんとなく後者の可能性が高いような気がして、俺は遥を少し恨んだ。申し訳ないが、見当違いで逆恨みなのは承知の上でだ。
 そういえば以前も遥を恨んだことがあるような気がする。それがいつどうしてだったのか、どうしても思いだせない。なんだかこのままだと会ったことはおろか顔も知らないのに、遥を嫌いになってしまいそうだった。
 
 ―― 篠井に期待すると痛い目をみる
 
 ふと、久しぶりにその言葉を思い出して、図書室に一人なのをいいことに俺は思い切りため息をついた。

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