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遙か
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 東京から父の転勤で引っ越した先は、一言で言うなら「中途半端な田舎」だった。
 民放のチャンネルは全部映るし、駅は無人駅だが国道が通っていて、その道沿いには大きなスーパーやファミレスや本屋やレンタルビデオ店が立ち並んでいる。
 そうかと思えば、国道からちょっと外れれば、子供が秘密基地を作りたくなるような林があり、小さな川も流れていてすごく静かだ。
 父と母が新居にと借りた家はその川のすぐそばにあった。平屋で小さい家だったが、庭は広くて8畳ほどの部屋のある離れがあり、そこが俺の部屋にあてがわれた。その自分の部屋の窓から覗くとすぐ下を件の川が流れていて、その近さは窓から釣り糸を垂らせそうなほどだ。
 川の向こうには田んぼが広がっており、遠くの山並みが見渡せる。
 総合的に見ると、いいところだ。
 今まで父の転勤であちこちに引っ越したが、たいていアパートかマンションでこんなに地面と近い家は初めてだった。
 こんなにいい所ならきっといる人間も素朴でおおらかな人が多いだろう。
 俺は頬に風を感じながら、明日から通う高校に想いを馳せた。
 
 
 翌日、俺は自分が編入するクラスを目の当たりにして愕然とした。
「斉藤。黒板に名前を書きなさい」
 そう担任の教師に言われて、俺は動揺しながらもチョークを手に取り「斉藤亮一」と名前を書く。
 手についた粉をはらってから教室に向き直る。しかし、ほとんど誰も俺を見ていなかった。
 俺をというよりは、教壇をと言った方が正しいかもしれない。
 クラスのほとんどが原型をとどめないほど制服を着崩していて、大声でしゃべったり怒鳴りあったり、机を移動させて麻雀をしている奴らもいた。なんだか並べられた机の数といる人間の数もあっていない気がする。席にきちんとついて前を向いていると言っていいのは2人くらいで、そうは言っても、そのうち一人は携帯をいじりもう一人は漫画を読んでいる有様だ。

 ―― とんでもない学校に来てしまった
 
 先生に促されて、俺が自己紹介している間も、もちろん教室の中の馬鹿騒ぎは止む気配はない。
 教師も慣れているのか麻痺しているのかそんな彼らに何も言わず、俺は少なからずそれにショックを受けた。
 以前通っていた学校とはあまりに違う。
 自宅から一番近いからという理由でこの学校にしたことを俺は酷く悔やんだ。前の学校は共学だったから今度は男子校というのもいいかと軽く考えたのもアダになったのか。
 おざなりに自己紹介を終え、もはや諦めの気持ちで教壇から教室を見回すと、ふと一人異彩を放っている人物に気づいた。
 彼は窓枠に腰掛け、その前に置かれた椅子に行儀悪く長い足を乗せていた。金色に近い薄い茶色の髪は、先が朝の光に透けて、俺はそれがすごく綺麗だと思った。
 そんな彼の周りを柄の悪い奴らが取り囲み、彼が口を開くとみんな耳を傾けるように黙り、彼が何事か言い終わるとみんな一様に馬鹿笑いした。
 彼が話していないときでも周りの奴らは彼の気配を気にしているようで、まるで王様と忠実な家臣たちといったところだ。クラスに一人はいる中心的な人物というには、その光景は少し異質な感じがした。
 俺が不躾な視線を送っても、彼はこちらをちらりとも見なかった。それどころか転校生の俺の存在に気づいてすらいないようだ。
「じゃあ、斉藤は篠井の後ろに座りなさい」
 担任の声に俺ははっとした。
「え、あの、篠井…君って」
 慌てて尋ねると担任は、窓際の一番後ろの席だと言いなおしてくれた。
 そこはあの金髪がいるあたりで、そちらに目をやると、彼の周りに集まった人に押しやられたのか、後ろの壁に近いところに空いた机と椅子があった。
 たぶん俺が来ることで急遽作られた席なんだろう。
 場所としては窓際の一番後ろで一等地だが、この学校に関しては席の位置などはなんら関係ないことを俺は既に悟っていた。
 金髪の周りに集まる奴らを避けるようにして席に向かう。
 横を通るときに何気なく金髪の顔を見ると、甘いという形容がぴったりな雰囲気の端正な顔立ちに驚いた。王様というより王子様だ。
 耳にはいくつもピアスをしており、制服は酷く気崩していて、堅気な奴ではないということが一目でわかる。だけど、その意外に人懐こい笑顔に彼の周りに人が集まっている理由がなんとなくわかるような気はした。

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あきゅろす。
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