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アイザキガカリ 番外編
8
「誤解するなよ」
 その声に俺は相崎を見た。だけど相崎は俺を見てはおらず、その視線は下を向いていた。
「俺はずっとお前といたいと思ってる」
 そう告げられて安堵する反面、気恥ずかしさに顔が熱くなった。
 妙な誤解をしていたらしい彼に、ここは自分もそうだと言うべきか迷ったが、相崎の頑ななままの表情に躊躇する。
「だけどお前には、もう一度考えてもらいたい」
「…考えるって、何を」
 それが何を指すのかは薄々察しがついたが、おそるおそる聞き返す。
「俺とのことを」
 迷わずそう言われて、相崎が俄かな考えでそう言っているのではないと思った。
 たぶんずっと前から考えていたことなんだろう。
 俺の気持ちを改めて問われるなんて、俺は何か足りなかったのだろうか。
 そうだ、俺から誘ったり気持ちを口にすることが少なかったから、もしかすると彼を不安にさせてしまっていたのかもしれない。
 思いを巡らせて、彼に何か言わなければと言葉を探す。しかし続く相崎の言葉は、俺のそんな考えからは外れたものだった。
「…今回みたいなことはまた起こるかもしれない。あの子やあの子のお姉さんみたいな人間ばかりじゃない。今度は軽々しく言いふらされるかもしれない」
 そこで相崎は言葉を切った。そして俺を見る。
「…そうなって、もしも俺とのことが親に知られたらお前はどうする?」
「――」
 両親の顔が思い浮かんだ。父さんと母さんは俺が同性とつきあっていると知ったらどうするだろう。
 たぶん手放しで喜びはしない。相崎とのことは、きっと歓迎はされず、多かれ少なかれ両親を悩ませることになると思う。
 想像するとなんだか悲しくなってきて、こみあげてくる熱をぐっと飲み込んだ。
「…それを言うなら相崎はどうなんだよ。相崎だって」
 彼に返す言葉が見つからず、逃げるように疑問を疑問で返す。しかし相崎はきっぱりと言った。
「俺はかまわない。いまさら誰に何言われたって別にどうってことない。それに俺の家族は知ってる。…もうだいぶ前に話してある」
 驚いた。
 知ってる?相崎が――同性を好きになれる人間だってことを?
「その時はかなり荒れたし親に泣かれもした。…自分にもどうにもならないことで親に泣かれるのは…さすがに堪えたよ」
 俺は何も言えず俯いた。
 いったいどうきっかけでどう切り出したのか知りたい気もしたが、平然と話す相崎がなぜか少し辛そうなように感じて、とてもきけなかった。
「いつか…お前にもああいう思いをさせるのかと思うとたまらなくなる。しかも、俺のせいで」
「…せいってなんだよ。別に頼まれて相崎のこと好きになったわけじゃない」
 思わず言葉尻をとって言い返したが、それが的を外していることは自分でもわかっていた。
 自分が考えてもいなかった、もしかしたらわざと目を背けていたのかもしれないことを目の前に突きつけられたような気がする。
 俯いたままでいると、ぽんと頭に手を置かれた。
「だからそのあたり含めて慎重に考えろ。その上でお前がどういう結論をだそうと、俺は受け入れるように努力するから」
「…考えるとしてさ、その間、俺たちどうなるんだよ」
 やはり、俺にはまだ目の前のことしか考えられないようだ。顔をあげてそう言うと相崎は俺の頭から手を退け、困ったように笑う。
「とりあえず今まで通り、だな。…もしもお前が考えてる間俺と距離をとりたいっていうなら考えるけど」
 考えるまでもない。
 俺は相崎が好きで、もう男同士がどうとかは十分すぎるくらい悩んだ。
 さすがに親がどうとかまでは考えたことなかったし、相崎の言うとおり考えなければならないことだとは思う。
 だけど、考えたところで今の俺に正しい答えがだせるとは思えない。
 どういえば相崎は納得するのだろうか。
 両親を泣かせてでも相崎といたいと言えば喜ぶだろうか。でも、それだとあまりに考えなしだと呆れるかもしれない。
 もっと時間をかけて深く真剣に考えなければならないことなのに、今この瞬間にどう言えば相崎が納得するのか、喜ぶのか、俺はそれしか考えられない。
 その気持ちをそのまま告げただけでは、きっと相崎は納得も安心もしないだろう。
 それに俺の答えには、大事な過程が抜けていて、いまの気持ちをそのまま告げるのは相崎に対してひどく乱暴で不誠実なことのような気もした。
 どうすればいいんだろう。
 どう言えば。
「…今まで通りっていうなら、一生考えてることにするよ」
 長すぎる沈黙とうまく伝えられない自分に焦れて、半ばやけになって言った。
 卑怯な答え方だ。
 すると相崎が小さく息をのむ音がして、俺はまた失敗してしまったのかとそちらをみて ――絶句した。
 相崎は戸惑ったような、唖然としたような表情をして、その頬は決して夕焼けに照らされているせいではなくうっすらと朱くなっていた。
 俺がまじまじと見ていることに気づいたのか、相崎は慌てて顔を隠すように背ける。だけど、そうしたせいで、耳まで赤くなっているのもみえた。
「一生って、お前……」
 相崎がなにやら呟いたが、そんなことより彼のそんな表情が珍しくて、かがみこむようにして彼の顔を覗こうとすると、軽く額を掴まれて押し戻される。
 視界は相崎の手にさえぎられたが長い指の隙間から相崎をみると、まだちょっと頬が赤くなっているように見えて、俺は少し笑ってしまった。
「その顔…。……痛いって、離せよ」
 相崎の手にそれほどの力は入ってなかったが、そういうと相崎は俺の顔を覆う手を外し、再び顔を背けた。
「どうしたんだよ。相崎、耳まで赤いよ」
 ことさらからかうようにそう言う。
「くっそ、お前…覚えてろよ」
 すると、悔しそうに相崎は呟き、俺はさっきまでの空気が変わったことに内心安堵した。
「一生、覚えてるよ」
 俺がそう返すと相崎はまた息をのんでから、がっくりと肩を落としそのまま深くため息をついた。
 
 
 陽が沈みきったころ、見慣れない道を並んで歩いて帰った。
 歩くにはちょっと長い距離だったけど、やはり相崎が頑なに自転車の後ろに乗るのを嫌がるので仕方がない。
「相崎さー…」
 気になっていたことを聞こうと口を開く。本当に相崎は俺があの女の子のことを好きになったと思ったのか、それがずっと気にかかっていた。
 本当にそう思ったなら、やっぱり自分を信じてもらえていないようでちょっと切ない。
 だけど自分も実体もないことに対してやきもちを妬いたのを思い出して、口を噤む。
 しかもそれが全ての発端だったわけで、彼を責める道理は俺にはない。
「なんだよ」
「えーっと…なんでもない」
 そう言いかけてやめた俺に気を悪くする風でもなく、相崎は俺の方にむけた視線を前に戻した。
 もしかするとこの先、俺たちは誰かに幾分かの妥協と我慢を強いることになるのかもしれない。
 たとえば、俺の両親や、相崎の両親や、思いもよらない誰かに。
 だけど今の自分には重すぎてまだ考え切れそうもない。
 だからこれから起こるいろいろな問題は、今よりは年齢と経験を重ねた自分に任せることにしようと思う。
 その時にだす答えが、案外慎重で嫉妬深い彼の傍にいられるものであればいい。
 そうあることを願って、俺は星が瞬きはじめた夜空を見上げた。
 
 
 おわり

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