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アイザキガカリ 番外編
7
 彼女に連れられて来たのは、小さな児童公園だった。
 ブランコの周りで2組の親子連れが遊んでいて、彼女はそこから少し離れたところにある遊具の前で足を止めた。
「あの…」
 早速、俺が話を切り出そうとすると、彼女は振り返り俺の言葉を遮るように早口で、だけどきっぱりと言った。
「別にわざわざ二人して釘刺しにこなくても、昨日みたこと誰にも言うつもりないし。どうせそのことで来たんでしょ」
 そう言うと彼女は俯いた。長い前髪がさらりと落ちて、彼女の表情を覆い隠す。
「…そっちから見ればウチの学校なんて馬鹿ばっかって思われてるかもだけど、言っていいことと悪いことの区別くらいつくもん」
 ぽつりとそう言う彼女に、その勢いに完全に飲まれていた俺は彼女の言ったことをようやく理解して慌てて頭を下げる。
「あの…ありがとう。本当に。そうしてもらえると助かるよ」
 彼女は俺の言葉に少し顔をあげ、そして俺の隣にいる相崎にちらりと上目遣いに視線を走らせた。
 それに気づいて相崎を見ると、事態を察したのか相崎の表情から剣呑さは消えていた。
 俺が隠し事をしていたことはこれでばれてしまったが、攻撃的な色が消えているのに俺は内心胸をなでおろす。
 相崎は何か考えごとをするように視線を下に向け、やがて視線をあげると彼女を見つめて言った。
「ひとつだけ確認させてくれ。本当に誰にも話してないのか?」
 ぎょっとして俺は相崎をみた。
 いったい相崎は何を考えてるんだろう。せっかく誰にも言わないと言ってくれた彼女を疑うようなことを言うなんて。
 だけど相崎の顔は怖いくらい真剣で、俺はその迫力に押されて何か言おうと開きかけた口を閉ざしてしまった。
 彼女はそんな相崎から目を逸らし、小さな子が悪戯を白状するように落ち着きなく視線を動かし、やがてぽつりと言った。
「…ほんとは一人だけ」
 その言葉に心臓が止まる。
 誰か一人にでも言っていたら終わりだ。俺はそう思っていた。
 一人に言えばそこから噂は広まって、自分の力ではどうにもできなくなると。
 勝手に唇が震えてきて、何か言わなければと思うのに言葉は何もでてこなかった。
 しかし相崎には慌てた様子はなく、落ち着いて先を促す。
「誰に言った?いつ?」
「…家に帰ってすぐ、お姉ちゃんに。ほんとは、誰にも言うなってお姉ちゃんに言われたの。他人の人生を台無しにしかねないことだから誰にも言っちゃいけないって」
 彼女が何を言っているのか俺にはすぐに理解できなかった。
 もちろん言葉の意味はわかるが、動揺のあまりか彼女の言葉をどう受け取ったらいいのかわからない。
 彼女は他人に話してしまった。それは彼女のお姉さんにで、お姉さんは誰にも言うなって彼女に言って…?
 頭の中で整理しつつも、ただおろおろする俺の横で、相崎が口を開いた。
「…そうか。悪かった」
 そして相崎は、ありがとうと彼女に礼を言った。
 
 
 彼女とは公園で別れた。
 相崎と歩くと目立つから嫌だと彼女が先に出て、俺たちは公園で10分待ってから帰ることになった。
 公園のベンチに並んで座る。もう陽は傾きかけていて、親子連れはいつの間にかいなくなっていた。
「…ごめん」
 彼女が去ったのを見届けてから相崎に謝った。
 嘘をついたこと、隠し事をしたこと、それからこれは相崎にはわからないことだが嫉妬してしまったこと、すべてを含めた謝罪のつもりだった。
「謝るのは俺のほうだろ。完全に頭に血が上ってた。どうかしてた。――馬鹿な誤解して悪かったな」
 そう言って相崎は自嘲するように笑った。
 相崎が怒ってないことにほっとする。それと、やっぱり相崎は笑っていた方がいいと思った。
「なかなか思うようにいかねえな」
「…思うように?」
「お前がいつか女を好きになったら潔く身を引こうと思ってたんだけどな。今日のことで俺には到底無理だってわかった」
 そう言って相崎は苦笑する。
 しかしその言葉に俺は冷や水を突然かけられたような気持ちだった。俺が女の子を好きになったら身を引く?
 何を言ってるんだろう。俺が好きになったのは相崎だけなのに。
「…なんだよ、それ」
「ありえない話じゃないだろ。…お前、心変わりしたらさっさと俺から離れろよ」
 相崎は低く笑って、なおもそう言う。
「…なんで、そんなこと言うんだよ」
 悔しいような悲しいような腹立たしいような、幾重にも重なった複雑な感情は俺の声を震わせた。
 相崎は憎らしいほど冷静な表情で、それはさらに俺の感情を逆なでた。俺たちの関係は始まったばかりだと思っていたのに、相崎がすでに終わりのことを考えているのがショックだった。
 俺はずっと一緒にいたいと願っているのに、相崎にはもう終わりが見えているんだ、そう思うとたまらなく悲しくて、だけど心のどこかでやっぱりと思っている自分がいる。
 やっぱり俺みたいなつまらない奴が相崎と一緒にいられるなんて思うのは間違ってたんだ。
 しかも馬鹿みたいに嫉妬にかられて、一人で空回りして、相崎に誤解させて怒らせて。
 今度のことで相崎は俺に呆れたに違いない。
 たまらなくなって俺は俯いた。

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