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アイザキガカリ 番外編
3
 嫉妬は醜いというけれど、まったくもってその通りだ。
 
 こんな気分のまま別れたくなくて、相崎を以前一緒に行った海の見渡せる広場に誘った。
 俺から何かに誘うことは滅多にないことなので、相崎は少し驚いたようだったが快諾してくれて、広場から降りられる海沿いの遊歩道を散歩することにした。
 それにしても寒い。
 とっさに思いついたのがここにしかなかったのでそうしたのだが、どこかもっと別の暖かい場所にすればよかった。
 天気予報によるとこの冬一番だという寒い日のせいか、広場にも遊歩道にも人影はほとんどない。
 当たり前だ。こんな寒い日にさらに海風に吹かれようという酔狂な人間なんているわけがない。
 嫉妬というのは人の判断力まで狂わせるものなんだろうか。
「どうした。元気ないな」
「…そんなことないよ。ごめんな。俺から誘ったのになんかノリ悪くて…」
「別に。俺はお前といられればいいから」
「そ、そっか」
 もごもごと口の中で呟くようにこたえて俯く。
 相崎はさらりと俺のうろたえるようなことを言う。
 基本的に人間が素直なのか、相崎は人のいないところでは好意を口にすることをためらわない。
 だけど、いつもそういう類のことを言われるたびに、俺は嬉しいとか照れるとか思う反面、どうにも身の置き所がないような落ち着かない気分になる。
 相崎の気持ちを疑っているわけでは決してないが、どうして相崎が俺なんかのことが好きなのかその理由がいまだによくわからないからかもしれない。
 たぶんそう思うのも、言葉尻を捕らえただけの具体性に欠ける存在にすら嫉妬するのも、要は自分に自信がないせいなんだと思う。
「お前、風邪ひくなよ」
「うん。ていうか、さすがに寒いよな。やっぱり場所変えようか」
 少し先に通りへでられそうな狭い道を見つけてそう言うと、相崎もやはり寒かったのか頷いた。
「そうだな。お前が風邪ひいたら大変だ」
 そういって優しく笑う相崎に心拍数があがる。
 だけど、前つきあってた子にもこんな風に笑いかけたりしたんだろうかと思ってしまう自分がすごく嫌だった。
 
 
 細い道は錆びた鉄の手すりのついたゆるやかな石段になっていて、俺が先に立ってあがっていった。
 辺りに人影はなく、その道の両側は高い塀に挟まれていて、視界は遮られている。
 今、ここでキスとかしたら怒るだろうか。
 ふっと浮かんだ自分の考えにうろたえた。何考えてるんだ。
 でもなんだか無性に想いを伝えたくなって、困ったことにそれは言葉だけではとても足りそうにもなかった。
 たぶん見たこともいるかどうかもわからない誰かへの牽制のつもりなのかもしれないし、相崎の気持ちが自分にあることをただ確かめたくなったのかもしれない。
 それはほとんど衝動のようなものだった。
 前に相崎だって俺に突然キスしたんだから、別に俺がしたっていいはずだ。
 不意にそう思い立ち、立ち止まって振り返ると、相崎は足をとめた。
 その美麗な顔がどんな表情を浮かべているのか目に入る前に相崎の唇を掠めとる。
 触れた瞬間、相崎が小さく息をのんだのがわかった。
 キスというにはほんとうにさっと微かに触れるだけのものだったが、いざしてみると途端にたまらなく恥ずかしくなった。顔が熱い。
 できることなら走って逃げ去りたいほどで、柄にもないことをやらなければよかったと心の底から思う。
 相崎の顔をとてもじゃないけど見られずに、思わず俯いた。
「ごめん」
 とりあえず、あやまると相崎が笑った声がした。
 その余裕にさらに居たたまれなくなる。
「市川」
 呼ばれてしかたなく目をあげると、目の前に長い睫が見えて、すぐに唇に触れる熱に目を閉じる。
 相崎がキスを返してくれたことに安堵する。
 だけど次の瞬間、初めて唇と舌に触れる感触に驚いて、俺は思わず目を開いてしまった。反射的に身を引こうとしたが腕をいつの間にかしっかりとつかまれていてそれもかなわず、もはやなす術もなく諦めて再び目を固く閉じる。
 
 舌、舌が。相崎の舌が―――。
 
 俺は情けないほど狼狽して、思わず相崎のコートの肘のあたりをぎゅっと掴んだ。
 俺の腕をつかんでいた相崎の手は背中にまわり、それに押されるように相崎との距離はさらに縮められる。
 いったいどれくらいの時間だったのか、本当にキスするときに舌って入れるんだと頭のどこかでぼんやりと思った時、唇が離された。
 目をそっと開けると一瞬、視界がぼやけて見え、目をしばたかせるとごく微かな水分が瞳にじわりと広がる。
「…もっとしたいけど、これ以上したらまずいことになる」
 そう囁くようにいって至近距離で困ったように笑う相崎に思わず見蕩れかけ、そんな自分が恥ずかしくなって目を逸らすと、背中に回された手に抱き寄せられた。
 相崎の肩に頬を乗せる形になり、とりあえず彼から顔が見えなくなった安堵に目を閉じかけて――目の端に映った影にぎくりとした。
 相崎の肩越しのずっと向こう、石段の上り口の遊歩道に女の子が立ちすくんでこっちを見ていた。
 少し遠いけどはっきりとわかる。バスの中にいた、道で声をかけてきた子の一人だ。
 もしかして後をつけてきたのだろうか。
 女の子は俺が見ているのに気づいたのか、慌てたように踵を返して走り去った。
 
 ―――見られた。確実に。
 
 背筋がすうっと冷えて、初めての深い口付けの余韻はあっという間に消えていった。

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あきゅろす。
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