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 時の流れというものは偉大だ。
 夏休みを終えて2学期に入るころには、水落の隣の位置と居心地の悪さにだいぶ慣れてきた。
 それでも水落と話すときはいまだに緊張する。状況には慣れたが、水落自身には慣れることはできないという感じだ。
 俺にはまったくそんなことはないが、他の人間と話すときの水落はやはり容赦なく辛辣で、それを耳にするたび、いつ俺にその刃が向くのかと恐怖が増した。
「松岡ってさ、いつも水落君とどんなこと話してるの?」
 傍から見てよほど俺と水落の組み合わせは奇異に映るのか、ある日クラスメイトにそう訊かれた。
 その日の体育の授業はバスケで、身長を基準に規則的に決められたために水落と成田とはチームがわかれた。俺のチームは出番を待ちがてら、水落と成田のチームの試合を見学していたのだが、その時に尋ねてきたのは俺と同じチームになった近藤という、どちらかというと大人しい奴だった。
 こんな仮定に意味はないが、たぶん水落がいなかったら、彼と一番仲良くなっていたかもしれないと時々思うことがある。
「えっと、勉強のこととか学校のこととか…、あとは普通にテレビのこととか、漫画とかゲームとか?」
「ゲーム?水落君ってゲームとかやるんだ。どんなのやるの?」
「いや、そういうのは俺が話すだけで、水落のことは知らない」
 最初に一緒に帰った時に感じたとおり、水落は自分のことを話すのが嫌いなようだ。そうと気づいてからは俺から話を振ることはほとんどなく、成田もそれに気づいているのか特に話させようとはしてないようだった。
「あ、そうなんだ。……水落君、もう剣道はやらないのかな」
「剣道?」
「あ、知らない?俺、中学のとき剣道部だったんだけど、県大会で水落君のこと見たことがあってさ。あの顔だから試合以外のところで目立ちまくってて、俺と同じ部の女の子たちなんか一緒に写真撮って貰ったりしてたんだよ。だから社交的な人当たりのいい人なのかなって思ってたんだけど、まさか」
 そう言うなり近藤はいきなり言葉を切った。まあ、続く言葉はなんとなく想像がつく。
「…でもまあ、うちの剣道部あんまり強くないから、入らないのは仕方ないかも。…でもさ、水落君って一度見た時、人に囲まれてて楽しそうに笑ってて」
 そこまで聞いた時、試合終了の笛が鳴った。
 替わりに俺たちのチームがコートに入るように促され、水落とすれ違うときに「転ぶなよ」と声を掛けられた。
 それに頷き返してから前に目を向けると、近藤が信じられないものを見たように目を丸くして俺を見ていた。
 
 
 
 体育の授業が終わり、着替えてクラスに戻って次の授業まで水落と話していると、体育委員の声がクラス中に響いた。
「これ誰の?更衣室に落ちてたんだけどー」
 クラス中に注目が集まる。俺の位置からは良く見えず、何だかわからないが、携帯か財布かそんなところだろう。
「あ、俺のかも。貸して」
 そう言って立ち上がった奴がいて、もう解決かと視線をはずすと次に素っ頓狂な声が響いた。
「なにこれ!俺のじゃねえ。……だっせえ!っていうか、古!」
 みれば先ほど申し出た奴で、その周りを何人かが取り囲んだ。
 人が動いたせいで俺からはそいつが見え、思わず瞠目する。そいつの手にあるのは俺と同じ、携帯プレイヤーで、肝が冷えた。
 あわてて自分のポケットをさぐり、どこにも携帯プレイヤーがないことを確かめる。
 そいつが持っているのは俺の携帯プレイヤーで、たぶん「ださくて古い」と評されたのは俺が好きなあの歌だ。
 そんな空気の中、申し出る勇気は起きず、俺は思わず目を逸らした。
「もう懐メロの域だよ。これ」
「今聞くと歌詞とか意味不明だよな。なんでこんなの流行ってたのか今となっちゃわかんないんですけど」
「そういえば、この歌の替え歌でさあ…」
 そいつの周りではかわるがわる聴いているようで、いろいろな声であの歌が酷評される。しまいには俺が涙がでそうになる切ない歌詞は、下品に改変されて同じメロディに乗せて歌われ、周囲の爆笑を誘っていた。
 大切なものが馬鹿にされているというのに、情けないことに俺は何もいえなかった。
 たぶん持ち主がこのまま現れなかったら、きっと担任のところへいくから、こっそり後で取りにいこう。俺にはもはやそう算段をつけるよりほかない。
 突然、前に座っていた水落が立ち上がった。すっかり水落の存在を忘れていたのであわてたが時はすでに遅く、まっすぐにそいつらのところへいく水落の背中を見送るのみだ。輪になって騒ぎ立てる奴らに割るように入って、携帯プレイヤーを取り上げるなり、水落は言った。
「いつまでもくだらねえことで騒いでんじゃねえよ。これは俺のだ」
 一瞬の沈黙のあと、驚いた声があがった。
「あの、いや、懐かしかったから、ついさ、悪気はぜんぜん」
「水落、こういうの聴くんだ……意外だなあ」
 口々にいう周りを一瞥して、水落はプレイヤーを受け取った。
「意外?なんで。わけわかんねえな。いい歌じゃねえか」
 こともなげにそういう水落に周りはあっけに取られたように黙り、俺は内心泣きそうだった。
 水落がいい歌だと俺の好きな歌をかばってくれたのが嬉しかった。水落は俺のものだということは知っているはずで、きっと俺が恥ずかしがっているのに気づいて出て行ってくれたんだ。好きなものを好きだと堂々といえない俺なんかの代わりに。
 途端に彼のことをひたすら怖がっていた自分が恥ずかしくなった。せっかく俺と仲良くしてくれているのに、ひたすら自分を卑下するだけで、しかも傷つけられてもいないのにそれを怖がるなんて、なんて俺は水落に対して失礼なことをしていたんだろう。
 これからは自分から水落に歩み寄って、彼とほんとうの友達になれるようにがんばろう。
 そう思った。
 なんだか鼻の奥がつんとしてきて思わずうつむいたとき、成田の声がした。
「お前、まさかこの歌聴いて浸って泣いてんじゃねえだろうな?」
 そんな言葉は成田だから言えることだ。
 こうしてたいてい成田が水落にちょっかいをかけてきて、水落が冷ややかにあしらう。それが決して喧嘩ではないと気づくまでだいぶかかった。
 しかし、意外なことに水落から返ってきたのは肯定の言葉だった。
「まあな。別に泣きはしないけど。…この歌、他人ごととは思えないんだよ」
 俺が顔をあげると同時に再び周りはざわめいた。さすがの成田もうろたえているようだ。
「え、なに?お前、もしかして彼女とかいんの?」
 それはさらりと無視して水落は意味ありげに笑った。
 水落に彼女がいることとか、好きな人がいることとか、聞いたことは一度もない。毎日一緒に登下校してるのに。
 不思議と、ぽっかりと胸に穴があいたような気がした。
 しかし、そういう大切なことを話してもらえないのは、彼に慣れようとしなかった自分が悪いのだと思い直して、これからはそういう話もできる仲になろうと決意を新たにした。

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