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3
 埃っぽい準備室の棚の一番下には1−1と書かれた大きなダンボールがあった。
 先に入った水落はそれを引き出して床に置くと、ひきちぎるかのような乱暴な動作でダンボールを開けた。そして、その中に詰められていた小さなダンボールを大きな音を立てて、放り出すように取り出していく。
 本当に、見かけによらず動作は乱暴だし好戦的だが、手伝ってくれるわけだから悪い奴ではなさそうだ。
 もしかして水落は自分が断ったことで、俺がクラス委員になってしまったことを少し悪く思っていたのかもしれない。
 さっき成田に対して妙に好戦的だったのは内心自分でも気にしていたことを指摘されたから、とか。
 そう考えると、手伝うと言った水落の行動にようやく納得がいった。
「―― 今日、電車の中で会ったよな」
 突然言われてびっくりした。同時にやっぱり覚えていたんだと恥ずかしくなる。
「う、うん」
 びくつきながら頷く。すると水落は、かがめていた姿勢を戻して俺に向き直った。
「なんで同じ電車に乗ってたのに遅刻してんだよ」
「あ、ごめん」
 俺は音漏れでうるさくしていたことを再度謝らねばと思ってそういったのだが、タイミングが悪く、まるで遅刻したことを水落に謝っているようになってしまった。
 案の定水落は怪訝そうに眉を顰め、呆れたように言った。
「ごめんじゃなくて理由をきいてんだよ。あの電車に乗ってたんなら遅刻のしようがねえじゃねえか」
「あの、降り損ねて…快速だからずっと止まんなくて、下りの電車がなかなかこなくて、しかも来たのが各駅停車で…一本まって快速乗ればよかったんだけど、気づいたのが乗っちゃった後で…。いつもと方向違うから、駅でも出口間違えちゃって…」
 言えば言うほど間抜けだ。恥じ入りつつ答える俺を水落はいったいどういう気持ちで眺めているのだろう。
 話し終えると、しばらくの沈黙の後、ただ一言、「とろくせえな」と言われた。
 ごもっともで容赦ない言葉だが、不思議なことに、そこに刺々しい響きは感じられなかった。
 
 その日は教材を教室に運んでから、なんと水落と一緒に帰った。
 帰る方向が同じなので成り行きでそうなったのだが、たぶんこんなことはこれで最後になるだろう。
 道すがら、水落は俺のことを色々と尋ねてきた。
 住んでいるところ、出身中学、中学のころのこと。間と水落が怖くて、俺は必死で話し続けた。
 時折、会話の常として俺からも水落に話を振ってはみたのだが、自分のことを話すのが嫌いなのか体よくはぐらかされてしまった。
 そんな調子だったので、水落についてわかったことは、水落は俺の乗る駅の少し先の駅で乗り換えるということだけだった。通学時間をきくと二時間だそうで、一時間弱で嫌気がさしていた自分を深く反省した。
 
 
 
 翌日の朝、電車に乗ると遠くに水落を見かけた。
 何か気になることでもあるのか、何かを探すようにきょろきょろしている。
 それにしても目立つ男だ。背が高いからそれだけでも目立つのに、あの容姿のせいでさらに人目をひくようだ。
 あまりじろじろみているのも悪いので、視線を戻してイヤホンをつけ、今度は音漏れしないように小さく微かに聞こえるくらいの音量にした。
 電車が動き出し、目を閉じて歌に集中していると、とつぜん肩を叩かれた。
「よう」
 驚いて振り返るといつの間に移動してきたのか水落がいた。
「あ、お、おはよ…」
「お前、昨日と乗ってるとこ違うじゃん。移動してんなよ」
 乗る車両はともかく乗る場所なんて特に決めていない。だから別に意識して乗る場所を変えたわけでもない。そもそも移動するなと水落に言われる覚えはない。
 だけど、悲しいことに性格ゆえか、謝罪の言葉が自然に口からすべりでた。
「あ、うん。ごめん」
「明日からここ乗れよ。わかったな」
「う、うん」
 乗る場所を指定されたのは、もしかしてこれから一緒に登校しようということなのだろうか。
 高校ではじめて出来そうな友達が水落だということは正直あまり嬉しくはなかった。いや嬉しい嬉しくないではなくて、どちらかといえば恐怖だ。つまらない奴だと知られ、付き合いをきられる瞬間が怖い。
 すでに会話は途切れてしまい沈黙が訪れている。…なんだか、もう終了のカウントダウンに入っているような気がする。
「……何聴いてんの?」
「え…」
 突然、言われて、自分がイヤホンをしたままだと言うことに気づいた。慌てて俺がプレイヤーをとめようとするより先に、水落は俺の片方の耳からイヤホンを抜いて自分の耳につけた。
 一昔前の、歌手というよりアイドルの歌を聞いているのがばれてしまった。これはとても好きな歌だけど、それを人に知られるのは少し恥ずかしい。
「へえ。お前、こういうのが好きなの」
「あ、あの…歌手じゃなくて歌が」
 ちょうど曲が終わってまた最初から曲がはじまった。すると水落はくすっと笑い、それが鼻で笑われたような気がして俺はもう勘弁してくれという気持ちになる。
「リピートで聞いてるくらいだもんな」
 俺が聴いているものはわかっただろうに、水落はイヤホンをいつまでも返さず、そのまま目を閉じた。すると長い睫が強調され、つくづく男前だと羨ましくなる。
 しばらくして水落は目を開き、つぶやくように言った。
「流行ってたときはくっだらねえし安っぽい歌だとか思ってたけど」
 その言葉に、くだらなくて安っぽい歌が好きで悪かったなと内心悪態をつく。
 しかし、水落はどこか照れたように笑って言った。
「こうして改めて聴いてみると、いい歌だよな」
 俺に気を使ってくれたのだろうか。
 笑うとどこか他人を拒絶するかのような険がなくなり、優しい印象になることに気づいた。その笑顔に、心の内で悪態をついた自分が途端に恥ずかしくなり、俺は彼に小さく頷いた。
 
 
 
 それから水落は何かと俺を構うようになった。
 歌手が好きなわけではないと言ったはずなのに、あの歌を歌っている歌手の最新のアルバムを貸してくれたり、あえなく続投となったクラス委員の仕事を率先して手伝ったりしてくれた。俺がまとめ切れなくておろおろする局面では、水落が前に出てクラスを仕切ってくれたりして、俺はほんとうに名目上のみのクラス委員だ。
 こんなことなら最初から水落がクラス委員を引き受けてくれれば良かったのにと内心思わないでもなかったが、すぐにそんなことを思わなくなるほど、水落は献身的に俺を助けてくれた。
 水落は何をするにせよ堂々としていて自信に満ち溢れていた。
 ただ、言うことが正論ながらも言葉の選択がいかんせんきつい上に一言多いせいか、彼のことが苦手な人間も多いようだった。だけど、はっきりとした物言いを好んだり、あるいは気に留めない奴には妙に好かれ、入学式の日にひと悶着あった成田とは、何回かヒヤヒヤする局面もあるにはあったが、驚いたことに仲良くなっていた。
 水落と成田が並び立つ姿は、なんというかとてもバランスがとれていて、この二人が友人というのは実に納得のいく感じだ。話も合うようだし成田も成績はすこぶる優秀で、既に落ちこぼれかかっている俺とは大違いだ。
 それなのに水落は成田よりもなぜか俺を側に置きたがった。何をするにも俺を呼び、たいてい俺と一緒に行動した。登下校もだ。
 たぶん周りから俺は水落の子分だと思われているに違いなく、実はほかでもない俺自身がそんな気分になっていた。
 水落から雑用を言いつけられることなんて一度もなかったが、もはや俺のほうが水落の世話をやきたがった。たぶん地味でさえない自分が、華やかな彼の傍にいたり、親切にしてもらえたりする正当な理由が欲しかったからだと思う。
 なんていうか、あまりに俺と水落は違いすぎて、仲良くして『くれる』理由がわからないのはどうにも落ち着かなかった。
 それくらい俺にとって、水落の隣は居心地の悪いものだった。

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