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14
 かすかに聞こえてきていた音楽が突然止んだ。
 選曲中なのか、完全な静寂があたりを包み、水落の涼やかな声だけが響く。
「俺たちはまだ一年だ。なにがあってもあと二年間逃げられない。だから、一時の同情に流されないほうがいい」
 その言葉に何も返せない。
 水落の過去が悲しくて、そしてそのせいで水落は成田を信用できなくて、もしかしたら彼は誰のことも信じていないのかもしれない。そう思うとただ悔しかった。
 きっと、水落は俺のことさえ信用しておらず、だから自分のことを何も話さなかったんだろう。
 彼にかける言葉は見つからず、このまま水落の言うとおりにするしかないのかと思いはじめる。俺がここで縋って無理に続けたとしても、それは水落にとって苦痛と不安しか与えないのかもしれない。
 きっと、わかったと一言いえば水落も納得する。
「水落……。俺……」
 だけどどうしても先が続けられなかった。 このまま黙っていればきっと承諾ととられてしまうことはわかっているのに、情けないことに嫌だともわかったとも俺には声にすることはできない。俺は水落が好きなのに、どうして終わりにしないといけないのかという想いと、それでもそれは水落自身が望んでいることで、今までと彼は変わりなく接してくれるんだからいいんじゃないかという妥協が頭の中を渦巻く。
 何も言おうとしない俺に焦れたのか水落が動く気配がして、もうだめだと思ったその時、カラオケボックスからかすかな聞き覚えのある音楽が聞こえてきた。
 俺の好きなあの歌だ。
 耳に馴染んだ曲に、いろいろなことが思い出された。
 この曲を聴いている時に水落に注意されたこと、安っぽい歌だとからかわれる中、水落が好きだと言ってかばってくれたこと、それから告白される前に水落がこの歌を聴きたがったこと。
 
 だから俺はお前のことは信用できるんだと思う。
 
 不意に、告白される前に水落に言われたことを思い出した。
 そうだ。水落は俺のことは信用しているんだ。
 俺は唾を飲み込んで顔を上げた。もう結論は出たというように俺から目を逸らして体を返しかけていた水落に、思い切って言う。
「お、俺はやっぱり成田が言いふらしたりするようには思えない」
「……だろうな。お前はそう思うんだろうな。…でも俺には無理だ」
 その言葉は無視して、心に浮かんだ言葉をそのまま口にした。
「で、でも、たとえば誰に何言われても、俺はいいよ」
 水落が俺の好きな歌をみんなの前で好きだと言ってくれたように。
 誰かにとっては古臭くてくだらなくて安っぽいこの歌を、好きだと水落が言ってくれたみたいに。
「誰がなんていおうと、俺は水落が好きだよ。それだけは自信もっていえる。だから水落とは絶対に別れない」
「……」
 息をのんだ水落を見て、言ってやった、となぜか思った。
 言葉にしてみるとなんだか意地のようなものが出てきて、もう退くわけにはいかないと思う。
 水落はすぐに不機嫌そうに眉根を寄せて俺を睨むように見た。
「いい加減にしろ。いつも俺にびくついてたくせに。同情で適当なこというな」
 水落の視線もその声音も鋭くてついひるみそうになったが、「適当」という言葉は俺を若干奮い立たせた。
「て、適当じゃないよ。…あ、明日、バスの中で、クラス全員に発表したっていいよ」
 それくらいの覚悟だと示すために言ったのに、水落は即座によせと小さな少し掠れた声で言った。
「俺は本当に成田が言いふらしたりするとは思ってないけど。でももしも水落が心配するようなことになったときに、水落を一人にするのは嫌だ。俺は気が弱いしどんくさいし、役立たずで何もできないけど、でも俺だけ安全なところにいて、好きな人に一人でつらい思いさせるの嫌だ。絶対にやだ」
 言っているうちにだんだん興奮してきて、声が大きくなっていくのが自分でもわかった。
 言いながら、ひょっとして水落は従順な俺が好きなんじゃないのか、こんな感情的に口答えしてそれこそ嫌われてしまうんじゃないかと思ったが、それでもとめられない。
「水落のこと怖いけど、でも好きなんだ。いい加減にしろって、言うけどさ。水落の方こそ同情とか適当とか、いい加減にしろよ。俺は何があっても絶対水落から離れない」
 最後は半ば叫ぶように言い終わった時、自分の呼吸が荒くなっていることに気づいた。
 どうやら涙目にもなっていて、視界の端が歪んでいる。顔は熱いし体は少し震えてるし大層な醜態をさらしているとわかっていたが、もはや取り繕うことさえもできなかった。
 水落は何も返さず、俺はなんとか気を静めるのに精一杯だ。
 それからどのくらい経ったのか。
 人の声が遠くからしてはっとした。
 それと同時に水落に肩を押されて奥の壁に軽く押し付けられる。水落の肩越しに、大学生ぽい人たちが連れ立って通路を歩いていくのが見えた。
 気づけばあの歌は終わっていて、カラオケボックスからは何も聞こえない。
 きっとあの人たちはカラオケボックスにいた人たちだろう。酒でもはいっているのかはしゃいだ声が遠ざかっていく。
「…本当に俺が好き?」
 耳元で水落の声がした。気づけばものすごく接近してる。意識してしまって思わず息を呑むと、途端にこめかみが頭に響くほどの脈をうちはじめた。
 ぎこちなく何度も頷く。
「……俺のこと、嫌になったらすぐ言えよ」
 言われてそれにどう答えたらいいのかすぐにわからなかった。
 答えを促すように肩を掴む手に力をこめられて、それが彼の結論だということを悟る。嫌われなかったことへの安堵のあまり腰が抜けそうだ。
「あっ、あの、水落も。俺に嫌なところがあったら直すから遠慮なく」
「嫌なところがあったら好きになってない」
 即答されて、俺もそういう風に答えればよかったと後悔した。
 水落が少し体を引いて、俺の肩に額を乗せた。髪が首筋を掠めて、再びこめかみは激しく脈を打ち始める。
 これは、俺は手を彼の体にまわして抱きしめたほうがいいんだろうか。
 だけどせっかくうまい方向に進んだのに、なんか変な下心があるとか思われたりするのも嫌だ。
 少し震えている水落の頭の重みを肩に意識しながら、俺はのぼせそうになる頭でずっとそんなことを考えていた。

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