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12
 人の動く気配に目が覚めた。
 一瞬どこにいるかわからなくて、ゆっくりと明るくなっていく周囲にすぐに映画館に入ったことを思い出し、一本目が終わったところかと目を瞬かせて椅子に座りなおす。よく眠ったけど眠気はとれきれていなくてなんだか頭が重い。
 トイレにいってからお茶でも買おうかと思いながら頭を振ったとき、アナウンスが流れた。
 
 ―― 本日はご来場いただき、ありがとうございます。当館は入れ替え制となっております。お忘れ物ございませんようお気をつけください。
 
 まるで二本目が終わったかのようなアナウンスを不思議に思って、周りに目を配ると、みんな上着や荷物を持って連れ立って出口に向かっている。それにようやくはっと思い当たって、映画館の時計をみると、信じられないことに成田たちとの待ち合わせの時間を大幅にすぎていた。
 それはむしろホテルでの点呼の時間に近くて、顔からさっと血の気が引いていくのが自分でもわかった。
 慌てて立ち上がり出口に向かったものの、狭い出口でごった返す人々で足止めを食らい、なかなか進まない行列に焦れながら携帯の電源を入れる。するとまもなく留守電とメールの着信を告げるマークが点灯した。
 メールは成田と近藤とそして水落からで、成田からのメールを開くと、どこにいるのかとか、どのくらいでつくのかとか急いた様子のものだった。水落からのものは開く勇気がでずに、近藤から来たのを先に見ると、水落から電話が来たが大丈夫かと書いてある。
 目に飛び込んできた水落の名前に、思い切って水落からのメールを開くと、何かあったのか、近藤から一人で行動していたと聞いて心配している、すぐ連絡するように、という簡単な内容のものだった。
 近藤には後で直接謝ることにして、すぐ待ち合わせ場所に向かうというメールを成田と水落に送る。
 そして、どうにかやっとのことで映画館を出て、俺は暗くなり始めた街の中を必死で走った。
 
 
 息を切らせながら待ち合わせ場所に着くと、成田たちがいた。水落の姿はない。どうしたんだろう。
「ああ、やっと来た。お前、何やってんだよ」
「冗談じゃねえよ、勘弁してくれよ」
 口々に言われ、頭を下げる。
「ごめん、俺、あの、眠っちゃって……」
 集合時間に遅れたことで、もし彼らがなんらかの処分になったらどうしよう。俺のせいだ。
「やっちまったもん、仕方ねえよ。俺たちだって後ろ暗いことやってたんだしさ、あまり言ってやるな」
 成田がそう言ってくれたものの、俺はみんなに申し訳がなくてしかたがなかった。謝っても謝りきれない。
「ほんとに、ごめん」
「ああ、ほんともういいって。…おい、水落は?」
 俺をあしらうように言ってから、成田は別のやつに尋ねた。
「松岡探しにいったきり。もしかして、あいつ道に迷ってるんじゃね?」
 俺を探しに?
「どっかで呼び出してもらうか。とうきょうとからおこしの、みずおちしゅういちくぅん〜とかって」
 裏声でデパートのアナウンスを真似た成田にみんな笑った。
 しかし俺は今耳にしたことが信じられず、成田に尋ねた。
「…あの、水落が俺を探しにって…どこへ?」
 成田は俺を見て口を開きかけると、視線をめぐらせてから言った。
「……わかんね。電話してみるか。そうだ、お前がする?」
 それには首を横に振った。
 迷惑をかけてしまったことが重くのしかかる。いよいよ呆れられてしまったにちがいない。
 それにしても、点呼の時間を既に過ぎているのに、ずいぶん成田たちは余裕のようだ。成田はのんびりとした調子で携帯をだし、他の二人は既に別の話題で笑っている。
「ああ、担任には連絡しておいたから。松岡と地下鉄ではぐれて電車に乗り損ねたんで遅れるって。…話あわせろよ」
 電話をかけながら成田が説明してくれた。もう一度謝罪と礼をいうと、成田は携帯を耳にあてながら頷いただけだった。
「松岡!」
 突然、名前を呼ばれて振り返ると、いつもの冷静さを欠いたような、あわてたような顔の水落が走ってくるところだった。
 どう謝ったらいいのかと謝罪の言葉を考えていると、たどり着いた水落に両腕をいきなりつかまれた。
「大丈夫か?どうした?怪我とかないか?何もなかったか?」
 立て板に水に言われ、頷くことしかできない。水落の髪は乱れ、うっすらと額に汗を掻いている。こんなに水落が焦っているのが不思議だった。
 どうやら心配してくれていたらしいとわかって、迷惑をかけたのにもかかわらず、すごく嬉しかった。これを最後に見限られてしまうかもしれないけど、胸が一杯で俺は水落を見つめることしかできない。
「…松岡、寝てたんだってさ」
 水落の勢いに押されていたのか、みんな遠巻きに俺たちをみていたが、何も言えない俺の代わりに誰かが応えてくれた。水落は眉を顰めそちらをみると、もう一度俺をみて尋ねた。
「……寝てた?」
「…うん、ごめん…」
 ようやく謝ると、水落は俺から手を離し、何を思うのか深いため息をついた。
 
 
 タクシーでホテルに向かったおかげで、「地下鉄ではぐれた」という言い訳が不自然でない時間についた。
 ただ先生にはこってり絞られ、班全員、反省文を提出することになってしまった。
 夕食後、部屋に戻ってからもう一度改めてみんなに謝ると、もうみんな怒ってはいなかったし気にするなとさえ言ってもらえたが、やはりどうしても居たたまれなさは拭えず、自然と口数が少なくなってしまった。
 その夜は自由行動で疲れたのか、みんな比較的早く寝息を立てていた。
 俺は気持ちが落ち込んでいるせいか眠れず、それでも少しでも眠れるようにと目だけ閉じる。
 だけど、どうしても水落のことを考えてしまう。あんなに心配してくれてたのに、当の本人は寝ていたなんて間抜けすぎる。探しにまで行ってくれたんだから、もしかすると多少は俺に対して好意が残っていたのかもしれないのに、俺はそれを台無しにしてしまった。
 俺が寝ていたことを聞いてため息をついた水落を思い出して、たまらなくなって毛布を握り締めると、成田が囁くように言った。
「……おい、なあ。起きてるんだろ?」
 慌てて返事をしようとするより先に、水落が短く答える声がして俺は口を噤んだ。
 どうやら俺に言ったわけではないらしい。
「あいつら、よく寝てんな。…松岡も」
 急にそんな風に名前を出され、実は自分も起きているとなんとなく言いだしにくくなってしまった。水落はそれには何も返さず、しばらくの沈黙の後、成田が小声で言った。
「……あのさあ、やっぱりさ、お前が好きな奴って松岡なんじゃないの?」
 その言葉に俺は息をのみ、次には悲しいような気持ちになった。
 もう止めて欲しい。水落の応えはわかりきっているのに。
「違うっていってんだろ」
 案の定、水落はすげなく答え、俺は唇を噛んだ。しかし成田はなおも言い募った。
「だってお前、すごかったじゃん。松岡が待ち合わせに来なかった時、この世の終わりみたいにさあ。しかもそれで探しに行くって発想もなんか変じゃねえ?携帯繋がらないとはいえさ。取り乱し方が普通じゃねえよ。見つかったら見つかったで、腕つかんで大丈夫かとか言っちゃってさ。いったいここはどこの危険地帯で松岡はいくつだっていうんだよ」
「……あいつはとろくさいから」
「まあいいや。でも俺はもう確信したね。…っていうか、あの場にいた全員わかったと思う。…お前さあ、ここんとこ松岡に少し冷たいの、なにあれ?好きな子には意地悪しちゃうってやつ?」
 成田の言うことは違う。子供が好きな子に意地悪をするのは、相手の気を引きたいからだ。もうつきあってた俺に水落が冷たくする必要はない。だからきっと水落は、つきあったうえで俺に呆れたか嫌気がさしただけだ。
 胸が痛んで、ぎゅっと目を閉じる。
「案外子供だな、お前」
 からかうように言う成田に、水落の冷ややかな声がとんだ。
「…うるせえな。松岡に興味なんてねえよ。勝手にべらべらまくしたてて、ほんとにとことんうぜえ奴だな。だから狙った女に相手にされないんだよ。他人のことより、なんなんだよ、てめえの今日のざまは。あんな女にへらへらしやがって」
 その言い様にひやりとした。
 水落の口調はものすごく攻撃的で、しかも成田が崇拝に近いほど入れ込んでいる人のことを「あんな女」だなんて、誤解を招きかねない言い方だ。
 不意に入学式の日の、あの一件が頭をよぎった。もともと成田は血気盛んな奴だ。なんだか嫌な予感がする。
 すると成田が身を起こす気配がした。
「……はぁ?てめえ、いい気になってんなよ」
 予感は的中したようだ。成田の声が低い。俺は息が止まる思いだった。
 ここで喧嘩なんてなったら、どうしよう。俺のせいで既に反省文ものの罰を受けていて、この上喧嘩にでもなったら。他の二人はいびきを掻いていて起きる気配すらない。
 俺はたまらず、飛び起きた。
「違うんだ!成田」
 俺が起きたのに驚いたのか、やはり身を起こしていた水落がぎょっとしたように俺を見たのに気づいた。
 だけど肝心の成田は水落を睨んだままで、俺にはそれが今にも水落に飛び掛らんばかりのように感じた。
「あ?違うって、何が違うんだよ」
 うなるように言う成田に、俺はほぼ衝動的に言っていた。
「俺が…俺が、水落を好きなんだ」
 一つ瞬きをしてから、ぎこちなく成田がこちらを向いた。
「…は?」
「水落は、俺のことなんか好きじゃないんだ。好きなのは俺の方なんだ。水落は、あの、それに迷惑していて…」
「え…あ、そう…。そりゃ…なんて言っていいか…」
 毒気を抜かれたように成田が言ったとたん、腕を強くつかまれて無理やり立たされた。腕に痛みが走る。
 そしてそのまま水落に引きずられるようにして俺は部屋を後にした。
 

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