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 結局一睡もできず、翌日は極度の寝不足で迎えた。
 あらかじめ決められたバスの席順では俺の隣は水落で、話をするには絶好の機会だが、情けないことに一晩明けるとそんな勇気はあとかたもなく無くなっていた。
 バスに乗ってから、ちょっとだけ猶予が欲しくて、寝て行きたいと言うと、水落はバスの一番後ろの席に陣取った成田たちのところに行ってしまった。あっさりと席を移動されてしまったことが寂しくはあったけど、どこかほっとする。水落と入れ替わりに、バスに酔ってしまったので眠って行きたいという奴が隣にきた。彼は酔い止めの薬のせいかすぐに寝息をたてはじめたけど、俺は後ろの水落の声が気にかかって、どうにも眠れそうになかった。
 昨夜のことを考えると気持ちが落ち込んでいくのが自分でもわかった。
 午後の自由行動からは二人だから、思い切って訊いてみようか。
 そう考えて何をどう訊けばいいのか迷う。俺のことが好きか、なんて到底訊けそうにない。昨夜の成田との会話を寝たふりをして聞いてたと言ってみようか。でも、それで?とか返されたらどうしよう。
 考えているうちにバスは、見学地についてしまい、結局俺はまた一睡もできなかった。
 
 昼食は、みやげ物屋が併設された大きな食堂でとることになっていた。
 その食堂はレトロな感じの長いテーブルがいくつも置かれていて、各々の席にはすでに弁当とお茶が置かれている。
 班ごとに順々に席についていくと、うちの班はテーブルがわかれることになってしまった。わかれるのは二人と三人とで、どう分かれるか迷っているうちに、水落はさっさと成田を促して二人分空いたテーブルに座ってしまった。情けなくも、その行動は俺を少なからず打ちのめした。いつもならきっと俺と同じテーブルに座ってくれるのに。
 たかだか一時間に満たない昼食の席割にこだわるなんて子供っぽいことだと思ったが、昨日のことも相まって俺はそれが重大なことのように思えてしかたなかった。
 やっぱり、水落は俺に対して気持ちがなくなったのだろうか。嫌がっているのを感づいていながら、しつこく身辺を探るような奴だから。だけど午後の自由行動は二人でという約束は有効なんだから、最悪、嫌われたということは無いはずだと思い直す。
 水落と二人になったら、とにかく彼の機嫌をとるようにがんばろう。
 そう思ってちらりと水落の方を見ると、目があった。驚きながらなんとかぎこちなく笑ってみせると、目をすぐに逸らされる。
 しばらくそのまま水落を見ていたが、俺の方を見る気配すらなく、俺はたまらず俯いた。
 昨日は目が合えば少し笑ってもらえたし、あんな風に目を逸らされることなんてなかったのに。そういえば、今日は一度も水落から話しかけてもらってない。
 鼻の奥がツンとなってあわてて目を瞬かせる。目を逸らされたくらいで、泣きそうになるなんてどうかしてる。目があったと思ったのは俺だけで、水落は気づいてなかっただけだったかもしれないのに。
 昨夜のことがあったから、ナーバスになっているんだろうか。早く、午後になって、水落と二人になりたい。
 俺はそのことばかりを願った。
 

 昼食を終えて、またバスで移動した。今日泊まる宿の前を通過して、その先の大きな駅の前で自由行動になる。
 今度は俺が何も言わないのに、水落ははじめから後ろの席に行ってしまった。もう少しで水落と二人になれるんだからと言い聞かせて心の平安を保つ。
 バスが走り出してしばらくして空いた隣の席に近藤がやってきた。
 俺が一人だから気を遣って来てくれたのかと思ったが、近藤は紙を差し出して俺に言った。
「松岡、これ、うちの班の自由行動の計画書。行きたいとこあったら変えるからさ、遠慮なくいって」
「え?」
 自由行動?近藤は何を言ってるんだろう。
 水落と回ることになっていると告げようとする前に、近藤は少しだけ呆れたように言った。
「成田たちさ、修学旅行でまで女の子と会うってどうなんだろうな。松岡が付き合いきれなくても仕方ないよ」
「……」
 いったい、どういう話になってるんだろう。
「しかも水落君までさ。真面目な人だと思ってたのに。…でも、俺さ、松岡とゆっくり話とかしてみたかったから、結果的に良かったかも」
 あいまいな返事をして後ろを振り返る。水落と目があったがすぐに逸らされた。
 水落だ、と思った。
 水落はきっと成田たちと行くんだ。そうすると俺が一人になるから、近藤の班に入れてもらえるよう手を回したんだろう。
 もしかして水落は自分がゲイだと成田に知られて、俺と付き合っていたということをなかったことにしたいのだろうか。
 無理もないことだとは思う。こんなさえなくて気が弱くてなんのとりえもない俺とつきあってるなんて、水落にしてみれば人に知られるのは恥ずかしいことなんだろう。
 だけど、可愛いっていった癖に。人のプライドを大切にするところがいいって言ったのに。
 言われた時は、自分ではそんなことはまったくないと思っていたことだったのに、半ば八つ当たりのようにそう思う。
 前を向くと近藤が不思議そうに俺をみてて、あわてて愛想笑いを浮かべ、もらった計画書に目を通すふりだけした。
 
 
「水落、あの……」
 バスを降りて解散した後、すぐに水落を捕まえた。勇気を振り絞る必要はなかった。俺はもういっぱいいっぱいで、水落の真意を確かめることしか頭になかった。
「松岡、悪いね。なんか女の子、一人増えることになっちゃって。お前、いやなんだろ?知らない女の子と遊ぶの」
 成田が軽い調子で横から口を挟み、それで我に返る。
 水落を見ると、彼は俺を見ようともせず、そういうことだから、と言っただけだった。
 俺は何もそれ以上何もいえなくなって、去っていく一団を見送るしかできなかった。
 
 
 自由行動は結局一人でいることにした。
 近藤たちには、ちょっと一人で行きたいところができたからと言って謝った。俺と話してみたかったと言ってくれた近藤には、少し申し訳なかったが、どうしても一人になりたかった。
 電車に一人で乗って、水落と行くはずだった公園に向かった。二人きりになりたいと水落が言ったから、ガイドブックや名所案内に載っていない、さも由緒正しそうな名前の公園を苦労して探したのだ。
 その公園について、驚いた。
 名前や広さから言って、何かしら史跡やら遊歩道やらがあるだろうと思っていたのに、そこは端に遊具やベンチがあるだけで後は野球ができそうなグラウンドが広がっていた。どうやら地元の人が使うような普通の公園だったらしい。
 しかたなくベンチに腰を下ろす。
 鞄から栞をだしてぱらぱらとめくると、自由行動の計画表が出てきた。水落と作ったものだ。
 水落と来ていたらどうなっていただろう。ここを探したのは俺だから、やはりどんくさいと呆れられただろうか。
 そう考えてすぐ、それは間違っていることに気づいた。
 水落は俺を卑下したり怒ったりすることなんて一度もなかった。いつだって優しかった。水落が怖いなんてどうして思ってたんだろう。俺がいつまでも萎縮して彼に歩み寄ろうとしなかったから、とうとう呆れられてしまったのかもしれない。
 遊ばれたとは思えなかった。さっきは動転して俺とのことを知られたくなくて切りにかかったんじゃないかとは思ってしまったが、落ち着いて考えれば、水落はまっすぐで正義感が強い奴だから、そんなことはあるはずがない。
 やっぱり俺に問題があって、それで嫌われたんだ。
 悪いところを直せば、もしかしたらまた水落は俺を好きになってくれるんじゃないかと、往生際悪く考える。
 つい泣きそうになってこらえた時、不審そうに俺のことを子供連れの女性がちらりと見て通り過ぎたのに気づいた。
 平日の昼間のこんなところに涙目の高校生がいるなんておかしいと思ったのだろうか。
 俺は慌てて立ち上がった。
 
 その後、成田たちとの待ち合わせ場所まで行って、その近くにあった映画館に入った。
 映画は二本立てで、全部見ると成田たちと落ち合う時間にはとうてい間に合いそうもないが、二本目の途中くらいで席をたてばちょうどよさそうだし、何より暗いからまた泣きそうになっても大丈夫だ。
 チケットを買って席につき、アナウンスにしたがって携帯の電源を切る。まもなくはじまった映画は淡々としたもので、それをぼんやり観ているうちに少しだけ心が静まってきた。
 そしてそのままうとうととしてきて、俺はいつのまにかすっかり眠りこんでいた。

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