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アイザキガカリ
8
「で、具合はどうだ」
「もうほとんど大丈夫なんだ。明日から学校にも行ける…か…な…と」
 『学校』という単語を出してよかったものかどうか。思わず口ごもる。
「そんなに学校に行きたいのか?」
 しかし当の本人は気にした様子もなく、飄々とそんなことを訊いてきた。
「いや、行きたいってわけじゃないんだけど…」
 もうすぐテストだし、と続けようとすると、相崎がそれをさえぎるように言った。
「好きな奴がいるとか?」
「学校に?まさか!」
 うちは男子校だ。
 なんて微妙な冗談を言う奴なんだと思ったが、相崎ほどの美形なら男子校でもそんなこともあり得るのかもしれない。裕介の話では、女の子のようだったというし、不登校の理由はもしかしてそのあたりとか…?
 ああ、また思考がデリケートな領域に踏みこんでしまいそうだ。
「じゃあ他校には?」
 内心頭を抱える俺に追い討ちをかけるように相崎はなおも聞いてくる。
「いや別にいないけど…てか俺、彼女なんて生まれてこのかたいたことないよ。…相崎はもてそうだな」
「それほどでもねぇよ」
 とたんに相崎は興味をなくしたようにそっけなく答えた。
 『それほどでもねぇよ』か。ご謙遜を…と心の底から思えてしまうところが恐ろしい。たぶん俺が同じように訊かれて同じように答えれば、間違いなくつまらない見栄をはっていると受け止められることだろう。
 相崎はなにか思案するように眼を伏せ、親指で唇をなぞっている。
 そんな姿すら決まっていて、俺はいまさらながら寝起きの頭によれよれのTシャツがはずかしくなった。とりあえず手ぐしで髪を整えてみる。
「今度からまたお前が家に来るのか?」
「あー、たぶん…裕介…今日行ったやつだけど、そいつは図書委員があるし、たぶん俺がいくと思う」
「お前が来いよ」
 傲慢にすら感じる命令口調に思わず頷くと、相崎は立ち上がった。
 すると、かすかにふわりと爽やかな香りが漂って、もうなんだかこの男にはいろいろとかなわないと思った。なんていうか、世界というかレベルというか人間の種類が俺とは違う。
 相崎は俺の机の上に置かれた自分の分の紅茶を立ったままくいと飲み干した。
 帰るのだろうか。
 そう思って見上げると、机にカップを置いた相崎と目があった。何か言うのかと思って口を開くのを待ったが、彼は特に何をいうでもなく、そのまましばらく見つめあう形になる。
 不意に相崎は身をかがめて俺に手を伸ばしてきた。その手は俺の頬に沿ってすべるように動き、横の髪を掻きあげる。
「………!!!」
 わけのわからない行動に驚き体をかたくすると、ついと髪がひっぱられる感覚がした。その軽く頭皮がひっぱられる感覚に、思わず顔をしかめる。
 すると相崎はいたずらっぽく笑い、手をひいた。
「またな」
 そしてそう告げるとぽかんとした俺をおいて部屋をでていった。
 
 なんなんだ、今のは。
 
 母さんと相崎がなにやらやり取りをする声がひとしきりし、階下が静寂につつまれても俺はしばらく呆然としたままだった。
 いま起きたことはなんだったのか。もやもやしてたまらず頭を掻くと硬いプラスチックが手に当たった。
 苦労してそれを頭からはずして、俺は手の中のものを見てさらに微妙な気分になった。
 
 それはあの熊のクリップだった。

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