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昔の事は箱に入れて鍵をかけて




雑用を片付けに行くのに、更に雑用を押し付けられるという雑用っぷり。
こうなったらもう、惨めな自分を嘲笑うしかない。
僕は、車のハンドルを握りながら自嘲の笑みを浮かべる。
すれ違う対向車の運転席で、談笑でもしているんだろう、とびっきりの笑顔を見た。
その顔を見て、僕ってあんなに笑った事あるかしら。と思う。
もともと、馬鹿みたいによく笑うタイプじゃないし、そういう風に笑う機会なんてなかった気がする。


「少しは自分で動けよ、あのピンク頭」


本人の前でだったら、絶対に言えない悪態を吐いてみる。
自分で言って、なんか虚しくなった。
あ。もう近いな、スター様の部署。
けっこうな町外れにあるそれに近づく度に、僕の頭はある事ばかりをループする。
”この雑用を終えたら、マニキュアを買って、またトミー様のところに戻るのか”。
そんな事は考えなくてもいいと思うのだけど、それは到底無理そうだ。


そうこうしている間に、僕の車はスター様の部署まで着いてしまった。
迷惑にならないような場所に車を停め、例の書類を持って部署へ向かった。
重たそうな扉の付いた玄関の呼び鈴を鳴らすが、反応がない。
スター様には部下がいない。本人が要らないと言ったから。
という事は、アレだ。
裏庭の方でガーデニングでもしているんだろ。
あのひとは植物が好きだから。


綺麗に手入れされた芝生を横切って、部署の裏手にまわる。
スター様の庭を見ていると、ウチの部署もちゃんと手入れしようかなという気になる。
何せ、仕事の方が忙しくて荒れ放題だ。
ハタから見たら、お化け屋敷と言われたっておかしくはない外観になっている。
実質、”お化け”屋敷というか、”化け物”屋敷なのだが。


「足元に気を付けてくれないか。さっき、そこに植えたばかりなんだ」


突然声が聞こえたから、僕はその場でフリーズしてしまった。
しかも、足元に植わっている花を跨ごうとして足をあげた体勢のまま。


「ああ。お前か、name」


葉の茂った灌木の裏手から出てきたスター様は、僕に向かって真っ先にそう言った。
この体勢の事はスルーするつもりだろうか……。


「お、お久し振りです」


急に聞こえた声に驚いたのと、そろそろこの体勢が限界にきているのとで声が吃る。


「ところで、その足はなんだ。 巷ではそういう格好が流行っているのか?」

「いや、違いますけど……ちょっと驚いたもんですから」


そう言ってから、僕は花を踏まないように足を地面に下ろした。
スルーされなくてよかった、と思いながら。


「お前が来たと言う事は、またトミーの馬鹿が書類を出し忘れたんだな」

「毎回毎回申し訳ないです……」


僕が悪いワケじゃないのに、ぺこぺこと頭を下げる。


「いや、お前の所為ではない。気にするな」


僕から受け取った書類をめくりながら言うスター様。
今更ながら、何かミスをしていないかと不安になる。
僕の仕事じゃないのに!


「……確かに受け取った。トミーに”よろしく”伝えてくれ」


スター様、殊更、”よろしく”の部分を強調。
そりゃそうだ。
だって、いっつも僕が書類届けに来てんだからな。


「よーく言っときます」


よーく言うと、”しつこい”って怒られるんだけどさ。


「たまには、お茶でも飲んでいったらどうだ?」


ああ、なんてタイミング悪いんだろう。怨むよトミー様。
あのひとからの頼まれ事がなけりゃ、喜んでいただくのに。


「いただきたいのはヤマヤマなんですけど、このあとちょっと用事があるので。また今度いただきます」

「そうか。それでは仕方がないな」


残念。
スター様の淹れる紅茶は美味しいって、ユーさん言ってたのに。
来た時と同じように、足元の花を跨いだところでスター様の声。


「今度は、仕事関係なく来るといい。お前の上司でも連れてな」


やっぱり、スター様はやさしいひとだ。
僕の知り合いの中では、いちばんやさしいかな。


「はい。是非」


花の向こう側から振り返って答えた。
この綺麗な裏庭が見えなくなるまで、後ろ向きで歩こうかな。




 (その鍵をエデンの奥へ)






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