君が為に、届くことなかれ
6
「……やれやれ、こんな所に脱ぎ捨てておられて…」
そんな呆れとも諦めとも取れる言葉を口にしながらも、零刻は柔らかな微笑に頬を緩ませながら、主の褥(しとね)まで点々と続く衣服を拾い歩く。
──…昨夜、夜遅いにも関わらず急に『狩に行く』と言い出した主
一度言い出したら聞かない性分と、時折こう言った突飛な行動があるからにと……黙って見送りをしたはいいが、どうやら、相当本気になって狩りをしたらしく
今朝方、嫌がらせのように山積みにされていたタヌキやキツネの屍に、思わず面食らってしまっていた。
「どうせ狩りをするのなら、もっと"美味しいもの"を持ち帰って下さればいいのに……」
元来、現実的主義の彼は、思わずそうゴチらずにいられない。
すると、拾い集めていく主の衣服から、嗅ぎ慣れない香りがする事に零刻は微かに気付く。
「これは…」
夏の草原にも似た、爽やかな匂い
ふと、気になって簾の奥の褥に横たわる主の姿を見やれば、適当に着込んだ単姿の格好のまま、浅い眠りについているのが目に入る
その規則的に上下する肩の動きを見つめながら、零刻は静かに思った。
この鼻孔をくすぐる仄かに甘く爽やかな香りは、何よりも彼に似合いのものだと──…
「……と、イケない。朝酌の準備をしなければ」
そう言って、無造作に残りの衣服をかき集めた彼は、パタパタと忙しない様子で主の閨を後にする。
すると、そんな彼が手にしている一枚の薄衣から、ひらひらと白い花弁が…風に乗り宙へ舞った。
それは、忙しさにかまける彼の視線に止まることなく…まるで一羽の蝶々のように、簾越しに寝そべる彼の元へと近付く。
その様は、まるで…
昨夜、我が身を摘み取った彼を愛しむように、優しく───…
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