君が為に、届くことなかれ
3
「…もう、そんな季節か」
誰にともなく、それを聞いた零刻はポツリとそう漏らす
“槍水仙〈ヤリスイセン〉”──…毎年、桜が散り始める4月末の初夏から、6月までに花を咲かす植物
その花弁は白く、美しく清楚な様で咲き誇り…その蕾は、陽に当たる事を起源として開く
散った桜の後に、毎年朱莉が手植えをする気に入りの花
「また、植えれば良い」
「……っ」
一言、吐息のこぼれた音なのかとさえ違(たが)う程に、短く低くそう言い残すと、彼は軋む床板を踏み締めその場を後にする気配を伺わせる。
そして、その遠ざかる足音を耳にしながら、言い様の無い寂寞(せきばく)感が朱莉を襲う。
声を大にして伝えたかった───…"違うんです"、と
そうなのではない、そんな事が問題なのではないのだ、と。
「朱莉…大丈夫か?」
突然の信成の登場に、驚いているのだとばかり思っている百合雅は、特に訝しむ事もなく素直に朱莉に問うた。
「…ええ」
それに、思うように笑えない表情で、精一杯笑みを作ってみせて彼女は答える。
…でも、心はどこかに置き去りだった。
「よしっ!じゃあ、明日からまたひまわりの種を植えるために頑張ろう!!」
空元気な朱莉の表情を見破り、イチが異様に高い声で堂々と宣言する。
その元気づけてくれようとする心遣いが嬉しくて…朱莉は、出来るだけ笑えるように、頑張って口角をあげた。
「そうね…今年からは、ひまわりにしましょう」
口にした言葉は何の意味も持たず、ただ空虚な虚しさだけを朱莉の胸に告げてくる。
───…貴方に、伝えたい言葉がありました
大切なのは、花を植える事ではなくて
花を愛でる事ではなくて
一年に一度しか咲かない花を…その命をこの手で、守る事にあるのです。
ねぇ、信成様…
貴方は、何を"守りたい"ですか──…?
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