君が為に、届くことなかれ 2 「……」 「………」 「………」 そんな百合雅達の努力も空しく…まるで初めから何も聞こえていないように、しょんぼりとしょげ返る朱莉 その繊細で傷付きやすいナイーブな心を前に、百合雅もイチもすっかり途方に暮れた。 一年に一度、その季節にしか咲くことを許されない花 その一瞬の命の開花が、どんなに儚くどんなに美しいものなのか……その尊さを感じ、朱莉は尚更この手でそれを守ってやれなかった事を悔やんだ。 「どうかなさいましたか?」 すると、不意に背後からそう声を掛けられ、驚いた三人は振り向くと同時に直ぐ様、地に平伏す事となった。 ───…そこには、この"玉女天"館の主・信成の姿があった 「何か、お困り事でも?」 そして、彼女達に声をかけるのは、その人の忠実なる側近の零刻 その予期せぬ出現に、その場で唯一平静を保っていられたのは、イチだけであった。 「この前、折角イチ達が植えた花が、女狐に荒らされたんです」 「ただのキツネだ、バカ!」 頭を上げる事が叶わない体勢のまま、百合雅は平然と事を説明するイチを牽制した。 「狐に…?それは、また何とも頂けない…」 同じく、花を愛でるのを趣味とする零刻は、その事実に不快そうに眉をひそめた。 「……何の花だ」 そんな折、一拍の呼吸を置いて問われたその一言に、朱莉……基、その場にいた全員がビクリと背筋を震わせる。 可笑しい事に、彼の忠実なる配下の彼でさえ、今この場で主が発言するものだとは思ってもみず…その意外さに、小さく息を呑んだ。 数秒の間、沈黙の時が流れ… その震える程の静寂を破ったのは、微かな子猫の鳴き声にも似た、儚げな声音だった。 「……せんで…ございます…」 今にも、消え入りそうなくらい小さな声に、彼がわずかに眉を寄せたのを感じ取ったのであろうか…… その声を発した張本人である朱莉は、今一度その震える声帯に力を込め、掠れた声を吐き出した。 「槍…水仙…でございます」 その声に呼応するように、一度強い風が辺りを吹き抜け…根こそぎ抜き取られていた槍水仙の花弁の残骸を宙に舞わす。 [*前へ][次へ#] |