不誠実なポストマン
───…彼からの手紙は、全くと言っていい程の予想通りの内容だった。
「弱ったわねー…」
「何か、お困り事ですか?」
早朝5時。
玄関口のポストの前で、届いたばかりの手紙を手に溜め息を吐くあたしに掛けられた、一つの声。
その声に誘われるようにして振り向けば、家の階段下のそこに身覚えのある紺色の制服に身を包んだ、一人の青年の姿があった。
「毎度、クロヤギ郵便です」
ツバの長い帽子を少し上にあげて、軽く会釈をしてみせた彼は、一段飛ばしの軽快な足取りで階段を駆け上がってくる。
制服と同一色の帽子の下に隠されたブロンドの髪が揺れ、あたしの倍以上もあるんではないかと思うような長い足が、優雅にさばかれていた。
「おはようございます。今日のご機嫌は、いかがですか」
白い歯を出し、柔和に微笑んで見せる彼の爽やかさとは打って変わって、あたしは不機嫌そうに顔をしかめる。
「もう配達は、済んだんじゃないの?」
「ええ。実は、もう一通お渡しするのを忘れていたんです」
そう言って、彼が胸ポケット取り出したものは、何の変哲もないたった一通の封書だった。
「そう、ありが…」
「おっと、ダメです。これはまだ、お渡しするわけにはいきません」
「…は?」
早速、受け取ろうと手を伸ばしかけたあたしを遮り、その封筒を頭上に高く掲げた彼に絶句する。
郵便配達員が、郵便物を渡さないなんてあるだろうか…?
けれど、そんな驚きに目を点にしたあたしにお構いなしに、彼はますます意地悪い微笑を浮かべ、何とも信じられない事を言って来た。
「問題です。『"S"の対義語は、何でしょーか』」
「……なに?」
予期せぬクエスチョンに、あたしの脳内はパニックになる。
「何でしょーか」
「……」
それでもなお、無理難題な答えを差し迫ってくるのに、困惑した。
か…彼は、どうしたいんだろうか…?
「答えないと…これ、あげませんよ?」
すると、返答しあぐねているあたしを見かねてか、彼は嘲笑気味に封筒を顔の横でヒラヒラと見せつけると、そんな事を言って来た。
「‥…え…M?」
「…それ、本気で言ってます?」
我ながら貧困な想像力だと思いながらも、必死に絞り出して言った答えを鼻で笑われ、カッと顔が熱くなる。
「‥じ…冗談よ…っ…!!」
「でしょうね。答えは、"N"です」
「……N?」
クエスチョンに外れた割りには、すんなりとその封筒を渡してくるのに…今のこの応酬は、意味があったのかとさえ思った。
「ええ、"S"の対義語は"N"です。磁石だってそうでしょう?お互いに、反発しながら惹かれ合う」
「……」
最早、彼が何を言いたいのか分からない。
ただ、それは少し"対義語"とは違うんじゃないかと、思っていた。
…言わないけど。
「さっ、僕はもうこれでお暇しましょうかね」
そして、始まりが急かと思えば、終わるのもまた急な彼は…‥帽子を少し上にあげ、こぼれた前髪を掬い上げるようにして髪をかきあげるのが、癖だった。
長いツバの帽子を深く被り直し、颯爽と片手を上げて、来た時と同じように爽やかに去っていく姿は…まさに、謎。
いつもこうして、配達のついでに妙な会話を仕掛けて来ては…あたしの心に、言い知れぬ"わだかまり"の種を残していくのだ。
「あ…っ、ありがとう…!」
わざわざ、郵便配達員に配達のお礼を言うのも変かな…と思いながらも、あたしは咄嗟にそう叫ぶ。
すると、笑顔でブンブンと手を振りながら口元に手を当てて、とあるセリフを叫び返して来た彼に、嫌な予感を感じた。
「どういたしましてー!それより、その何度もしつこく手紙を送ってくる許嫁さんに、伝えておいて下さいー!!
"そろそろ、婚約破棄を承諾したらどうですか"って!」
毒のない爽やかな微笑みで、そんな事を言ってのけた彼に、あたしは激しい衝撃を受ける。
「…ど…どうして…!?」
そして、ハッとして、慌てて手元の封書を確かめてみると…‥そこには、ほんの数ミリだけ糊が二度付けされたような形跡があった。
「あ…あいつ…ッ!!"また"人の手紙、勝手に読んだのねぇ…ッ!?」
まさかの事実に強い憤りを感じ、グシャリと手に持っていた"どうでもいい許嫁"からの手紙を握り潰し、わななく。
許せない…ッ、あいつ…今度と言う今度こそは、絶対に許せない…!!
そうほとばしる怒りを抑えて、あたしは彼の後に続き、慌てて階段を駆け下りると、清々しく背中越しに手を振りながら走り去って行くその後ろ姿に、叫んだ。
「待ちなさーい!!あんた…いつか絶対に、"職権濫用"で訴えてやるんだからね──…ッ!!」
─不誠実なポストマン─
(イニシャルがSとNの僕らは、互いに惹かれ合う)
(ヤバ…ッ、あいつの後ろ姿がカッコ良く見える…っ…!?め、目薬ささなきゃ!!)
2010.1.3*まいみ*僕の罰君の罪
お題;手紙/目薬/許婚
「○○の対義語は××」エデンと融合様提出
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