月夜に舞え、道化師よ
幼い頃は夜空に輝くあの星々は手を伸ばせば手に入るのだと思い込んでいた。思考力が稚拙で甘い幼児期の考えは今では嘲笑する思い出。暗闇で砂の中に落とした0.01カラットのダイヤモンドを手探りに探し出す行為のように滑稽だ。ピエロでも笑ってしまうようなその道化を僕が演じているとすれば、成長した僕は今の僕自身を嘲笑うに違いない。
月夜に舞え、道化師よ
「僕は…使徒だ」
カヲル君の部屋に強引に泊まったあの晩、彼は絞り出すような声で呟いた。ふっと沸いて出たようなそれに一瞬どころか長い時間僕は思考回路が切断された。
いきなり現われた少年、渚 カヲル君。ケンスケもトウジも無くし、友達という存在を失った僕の目の前にちょうどよく彼は来た。僕の心の中にポッカリと開いた穴は友愛というパーツだけではもはや埋められるものではなくなっていた。対象が男であっても女であっても僕には関係が無かった。僕が一人立っていたあの湖のほとりで出会った人物、それが僕の心を射抜いた。彼ならばこの孤独から救ってくれるに違いないと直感、この場合で言えば本能で嗅ぎ取ったのだ。
だがどうだろう、この今ある状況は。僕が様々な犠牲を払って敵対視している使徒。僕の生活を破壊した忌むべき存在である使徒。僕が今闘うべき相手である使徒。――それが、彼だというのだ。
「ははっ…」
声を潜めて笑った。暗闇にて顔は見えないが彼がヒュッと速く息を吸う音が聞こえる。
「シンジ君、僕は冗談で言っているんじゃないんだ。僕は、使徒だ。第十八使徒、タブリス」
「……そう」
「僕は…NERVの地下にあるアダムに触れてサードインパクトを起こすよう言われた」
ああ、そうですか、なんてすんなりと受け入れられる人間が何処にいるだろう。そんなもの当の昔に消え去った。ダーウィンが言うように猿が人間の祖先だとしたら考える力の無い、原始の時代に生息したアウストラロピテクス。生憎知識を持ち合わせた人間にそれを受け身に享受させようだなんてカヲル君も人が悪い。
「カヲル君…じゃあもし君が使徒だったとして、何故そんなことを僕に言うの?」
彼の方を向かず、天井を見た。まるで関心が無いと思われる行動だが、別に関心がないわけではなくて、それが彼の冗談であるからという余裕からだった。だが、それに反して彼はベッドから起き上がるとそのまま床をペタペタと歩いて電気を点けた。いきなりの明かりに明順応が追いつかなくて僕は目を閉じる。慣れてきた頃合を見て僕はゆっくり目を開けた。
「冗談ではないよ。シンジ君。見て」
そう言うと彼は何処から取り出したのか刃物を持ち出して彼自身の首に突き付ける。思わず声をあげる僕だったが、それより先に腕を伸ばして彼は勢いよく首へと目掛けて突き刺そうとした。その瞬間、バチっと煌めく光が部屋中を覆った。見れば彼の首から発せられるのはATフィールド。バチバチと音をたてて刃物の侵入を防いだ。
「これで…信じてくれたかい?」
うつむいてカヲル君は呟いた。そんな顔をするのなら何故使徒だと白状するのか。僕には理解が出来ない。ただ呆然と彼を見つめるがそれは一瞬であった。何故ならば彼が僕の元に駆け寄って手を掴んで来たからだ。その表情は菩薩に縋る健気な少女のようで、形を崩した眉や固く結ばれた唇、ゆらゆらと揺らめく瞳は僕を頼っていた。
「僕を…殺して欲しい」
「え…?」
「僕は普通の使徒とは違う。自由があるんだ。どっちみち僕は殺される。だから…せめて君の手で殺して欲しい」
――殺して欲しい。
間違いなく彼はこう言った。嫌いだ、と言われたわけでもないのに頭が殴られたようにジンジンと痛む。どんどんと僕の心の穴が深く深く空いていく気がした。心なんて無い。心とは所謂頭のことだ、なんて言うけれど今は本当に心が痛い。寒風が通り過ぎたように冷たく、一瞬であるのに凍り付く。それが次第に浸食していくのが分かった。
「お願いだ。僕は君に殺されたい」
その彼の一言で何かが、僕の中で音をたてて崩れた。
「今夜は良い月だよ。カヲル君」
「…………」
「聞いてる?」
「…………ぁ…」
「聞いてる?」
「………っ…ぅ…」
「聞いてる?」
「………ん…」
か細く啼く彼の声は僕の鼓膜をビリビリと刺激する。途端に僕の体はゾクゾクと疼いた。その快楽に自分を保つように両腕で自分を抱くとようやくその波は引いてくれた。
天井がバックリ開いている、言い換えれば壊れているビルの廃墟で月が見えるポイントに彼を移動させてみた。今日があまりにも綺麗な月夜だから僕の粋な計いにカヲル君も喜んでいるだろう。そう思うと自然に笑みが漏れた。
「綺麗でしょう?嬉しい?」
「……く…」
「ん?」
「はや……く………」
「どうしたの?」
「は………やく……ころ……し…て…」
「嫌だよ。うんと苦しませてあげるからね」
ニコリと笑った。鉄の椅子に座ったままの彼の手足は鎖で椅子にくくり付けられ、太股には太い釘を打ち付けてある。これもみんなカヲル君の為。僕の為。顔中傷だらけで頭からは黒血をだしているが美しい。唇から滴る一筋の血を僕は舐めあげ、ついでにキスをしてあげる。
「んぅっ……」
「はぁっ…カヲル君」
彼の舌にしゃぶりついて彼を苦しめさせる。辛そうに喘ぐ彼の顔は月光によって尚幻想的な妖艶さを演出している。
「綺麗…」
「…ころ…して…は…やく」
「駄目って言ってるでしょ?君が言ったのは“君に殺されたい”。“早く殺して”じゃないでしょ?約束が違うよ?ねえ?」
違うよ。僕はカヲル君をいじめているわけじゃないんだ。少しでも多く一緒にいられるように配慮しているだけ。カヲル君が苦しい顔をするのに興奮するのは君が悪いんだ。
「カヲル君…好きだよ」
「………」
答える代わりに彼はATフィールドを使わない。そうして僕に傷つけられる。
―――僕らは終わりの無い道化を演じ続けるしか、愛を確かめ合えない…
END
Black★Phenomenaの夜波様に頂きました相互小説です^^*狂ったシンジ君も苦しんでるカヲル君もホント真っ暗で素敵です…!夜波様ありがとうございました!
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