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海よりも深い眠りについて8

「ね、カヲル君…」
「なんだい?」
「どうしてカヲル君はエヴァに乗るの?」

そう聞いた時の声は何故か落ち着いていて穏やかで、シンジ自信何故こんな気持ちになれるんだろうと驚いた。
相手が、カヲルだからだろうか。

「運命、だから」
「運命…?」
「そう、僕の、そして世界の。全ては決められているから僕はその運命に従うだけ」
「何か…よくわかんないや」

運命、世界、何だか途方もない話だ。
たまにだ、カヲルは感情のない目で遠くを見つめる事がある。
そのことを話した今がまさにその目をした時。
泣きそうで、寂しそうで苦しそうで、掛ける言葉が見つからない。

「カヲル君は…凄いね」
「僕は凄くなんてないよ」

やっと探して発した言葉がこれだった。

素直に凄いと思う。
それを口にした。

自分とは違う真っ直ぐな瞳が、エヴァに乗る理由を話せる事が。
使徒との戦いで死ぬかも知れないのに、それでも運命に従い乗ることが。
自分とは違う……凄い。

「僕には、他に何もないから。これから先も、ずっと独りなんだ」
「え…?」
「時間だ」
「ま、待って!カヲルく…」
「じゃ、さよなら」

待って、その叫びは届かずに胸には不安だけが残る。
何もない?何故?
さよなら?まるで死ぬみたいじゃないか。


──さよなら何て、言って欲しくないのに


気付けばシンジはエヴァの中で、使徒を前に既に攻撃の体制をとっていた。

「──あ、」

そうだ、自分は射撃者を任されたんだ。
ミスは許されない、ミスは。

「やらなきゃ…」

真ん中にマークが合わさった時にボタンを押すだけでいい、後は機械がやってくれる。

「今だ…!」

ボタンを押して、ポジトロンスナイパーライフルが発射される。

『使徒の中心に高エネルギー反応!』
『…!シンジ君!』

使徒から放たれる加粒子砲が初号機の近くに着弾する。

「うっ…!」

その強い反動は初号機が飛ばされそうになる程。

目を開けば使徒がまだ山の向こうにいるのが見える。
攻撃は、外れたんだ。
やっぱり自分にはこんな役無理だったんだ、と一人絶望的になる。

『目標の中心に高エネルギー反応!また来ます!』

もう駄目かも知れない。
やっぱり、乗らなきゃよかった。
使徒から放たれる加粒子砲、恐怖に脅えながらギュッと目を瞑った。

「……っ、」

痛くない?
だって、使徒は攻撃して来たハズ…

「……!!」

恐る恐る目を開くと、目の前で盾を持った四号機が加粒子砲を防いでいた。
不安が的中した。
その不安が、目の前の現実が、シンジを焦らせる。

「カヲル君!!」
『盾がもうもたない!』

時間が、ない。

「くそっ…早く、早く!」

このままじゃ、カヲル君が。
シンジの中はそれでいっぱいだ。
カヲル君カヲル君カヲル君、ただそれだけを繰り返す。

(早く!!)

ピー、と機械の音が鳴り、ボタンを押すと再び発射される。
今度こそ外さない、外せない。
祈りと共に、一直線に使徒に向かい粒子が放たれる。
そして着弾したのか、強烈な破壊音と共に使徒が崩れ落ちていく。
安心の溜め息をついた後、シンジはすぐに四号機へと向かう。
目の前には焼け焦げてボロボロになってしまった四号機。
果たして、無事なんだろうか。
いや、無事でいてほしい。

「カヲル君っ!」

急いで四号機の装甲を剥ぎ取り、エントリープラグを引っ張り出した。
無線から聞こえるやった、などという嬉しそうな声が雑音にしか聞こえない。
カヲルがこんな事になっているのに、そんなに使徒を倒せたのが嬉しいか。
大人なんて、目的が達成出来れば人が死んだってなんだっていいんだ。

「カヲルくっ…!」

エントリープラグが熱い。
こじ開けようとする手が焼けるように痛い。
嫌な感覚。
カヲルはこれ以上の痛みを受けたんだろうか。
そう思うと痛みなんて、感じない。
こんなの痛みのうちに入らない。
鈍い音と共にプラグが開くと、開いたところからLCLが溢れ出てきた。
どくとくの匂いが鼻につく。
正直言って嫌な匂いだ。

「カヲル君……!」

ぐったりともたれ掛かるカヲルの頬に手を添える。
大丈夫、まだ暖かい。

「シンジ君…?」

ゆっくりと瞼をあげたカヲルの目に、シンジが写し出される。
シンジは嬉しそうに微笑んだ後、涙を流した。
生きていて良かった、素直な気持ちだ。

「何故…泣いているんだい……?」
「何でって…カヲル君が生きてて……嬉しかったから…」

頬の手ともう片方の空いていた手が背中に回り、シンジの方へ抱き寄せられる。
プラグスーツ越しに伝わってくる温かい、人の体温。

「シ…ンジ……君?」
「さよなら何て言わないでよ………他には何もないなんて言わないでよ…僕が一緒にいるからッ……」

涙がカヲルの頬にかかる。
どうすればいいか分からず困惑し、カヲルはシンジの背中を優しく叩いた。
お母さんのように、ゆっくりと、温かく。

「カヲル君っ…ホントに……良かった」
「……、ごめんね…こういう時どうすればいいか分からないんだ………」

人に泣かれた事なんてない。
抱き寄せられた事もない。
カヲルにとって何一つ経験した事がない事。
こんな事、知らない。
今まで一度もなかった。

「笑えば、いいと思うよ…」
「笑うの…?」
「うん、いつもやってるみたいに…あんな顔、見せて欲しい」

安心出来る顔、見ていて幸せになる顔。
大切な人の大切な微笑み。
いつも、見ている微笑み。

貴方の、その微笑みが見たいから。



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ここから先がやたら長いので覚悟しておいてください(笑)




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