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海よりも深い眠りについて4

「……あ」

廊下で、例の少年とすれ違う。

「あの、」

声を、かけてみる。
振り向いた時に揺れる髪色は彼が乗っていた機体によく似ている。

「…なんだい?」
「さっきの…凄かったね」
「…ありがとう」

それだけの会話。
そしてまた、離れる。
距離が縮まらない。

距離が、縮まらない。







「最近あいつ変なのよ」

おもむろに口を開いたミサトが言ったのはなんの事か

「あいつって…?」
「シンジ君よ、シンジ君」

サードチルドレンとしてやって来た彼。
最初のうちは良かった。
しっかりと戦闘訓練にも参加したし、言うことだって聞いてくれた。

「なんていうか、心ここに在らずって感じ」

まるで、自分の居場所じゃないような。










──ガチャリ

金属の音を立てて扉が閉まる。

「ここは、僕の居場所じゃない…」

そう呟いたその言葉は空気となって溶けてゆく。
誰にも聞こえていない、聞かせない。

「僕はエヴァなんて乗りたくない…」


──確かにパイロットとしてここにいれば僕は望まれるのかもしれない


ただなんとなく学校に通っていつ来るかも分からない敵に備えて訓練する毎日。
だけど本当にそれでいいのか?


──だけど、僕はそんな事望んでない


パイロットとして必要とされるなんて嫌だ。
自分自身として、生きている証が欲しい。
本当の自分を必要とする人が欲しい。


──これは、僕が望んでいる場所じゃない


「──あ」


気付けば沢山の人の波におされてゆらゆらと揺れている自分。
ああ、気持ち悪い。

早く、この波から抜け出さなきゃ。


「痛……」


去り際にぶつかる人と人の肩。
ぶつかろうが何しようが誰も何も言わない。
これが、人なんだろうか。


──嫌だ


こんなところに、居たくない。
誰も僕を見てはくれない。
目の前が歪んで見えない、涙が出ているようだ。


誰か僕を助けて──


「碇君……?」

──後ろの方から聞き覚えがある声が聞こえた。


彼女にそっくりだけど、彼女じゃない。


「……渚君」










「たいした物は出せないけど…」

そう言ってカヲルはシンジの前にお茶を出した。
カヲルの家、正式にはリツコの家。

渚君は、ここに住んでるんだ…

「…ありがとう」
「ねえ碇君、どうして泣いてたんだい…?」

上目遣いにシンジへ問いかけてきた。
ああ、見られてたのか。

「その……」
「大丈夫、誰にも言わないよ」

ゆっくり微笑んだ彼の笑顔は優しくて、全てを包み込んでくれるような気がした。
この人になら、話しても良いかも知れない。

「嫌、だったんだ」
「嫌…?」

この環境が、周りの人間が、全てが。

「だから、その…誰も僕を必要としないのが……」
「葛城さんや碇司令は君を必要としているんじゃないかい?」
「それは…違うと思う」

必要なのは初号機のパイロットとして、サードチルドレンとしての自分。
碇シンジを必要としている訳じゃない。

「僕は…僕自信を見て欲しいんだ…」

ミサトもゲンドウも、本当のシンジを必要としていない。


──何で渚君にこんな事話してるんだろう


「ごめん、僕は…」
「碇君」

シンジを慰めるように優しく名前を呼ぶ。
視線を会わせたシンジへにこりと微笑むと、シンジが予測していなかった言葉を口にした。

「僕が、君を見ているよ」
「君……が?」
「そう」

見ている。

本当の僕を。

僕を必要としている?

「僕は君の事、嫌いじゃないよ」

嫌いじゃないよ、脳内に小さく響き渡った。
頭の中で小さな革命が起きたような感じ。

「渚、君」
「なんだい?」


「カヲル君って、呼んでも……いいかな…?」

名字じゃなくて、君の名前で呼びたい。
君にもっと、近づきたい。


「──いいよ、シンジ君」


真っ赤な瞳がシンジを見て花開くように微笑んだ。


距離が少し、縮まった。










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