To meet you;(火影ナルト)
まさに平和という言葉が似合うような昼下がりの木の葉の里。

初冬のくっきりとした雲が青い空に浮かび、きらきらと太陽が輝いている。影になっているとことはひんやりとするが日が当たっているとぽかぽかと日向ぼっこがしたくなるような陽気。

お昼ご飯も食べ終わり、そろそろ人々が仕事を始めようとするこの時間に、里でもっとも大事な人物がだれていた。

忍が一人、報告書を届けにとその人物がいる部屋のドアを開けて、忍は立ち止まった。口が徐々にあんぐりと開き、目は見開いている。ドアノブに手をかけたまま、文字通り彼は固まってしまった。

「おい、ナルト、いいかげんこれのサインをもらわねーとまずいんだが」

つんつんの黒髪の青年が一枚の紙をぺらぺらと動かし、目の前の人物に言っている。彼は実はかれこれ20分ほど同じことを繰り返している。

その彼の隣では色素の薄い髪を一つにまとめて高い位置でしばっている女性が、この演習はどうするの、と青年よりも鬼気迫るほどに詰め寄っている。

さらにその隣から壁を沿ってドア近くまでは行列ができていた。彼らはとくに不平を言うこともなく、軽く談笑しつつ、何かの順番を待っているようだった。

異常だった。

いつもならこの部屋はここまで人が集まる、というか同時に居ることはありえないし、何よりこの部屋の主の存在が一番におかしかった。

普段ならきりっと背筋を伸ばし、威厳のある態度で仕事をやったり、人に指示をしたりと忍なら誰でも尊敬していたような、そんな姿が今では形無しになってしまっている。いうなればぐでん、と机の上にもたれ、今までははきはきとしていた声が今ではだるそうな声を出している。

意気揚揚と、それこそ今だれている人物に会うことを楽しみにしていた忍が扉を開けて固まってしまうのは仕方のないことだった。

忍が来て5分ほどたった頃にようやく列の最後尾にいる忍が扉の忍に気づき、苦笑した。

「あー、しょうがないよな。俺もそうなったよ」

その言葉を聞いて忍ははっと我に返り、ドアから手を離して列の最後尾に近づく。

「いつから火影様はああいうふうになられたので?」

「さあなぁ。なんでも列の最初の人が来た時からはこうなってたらしいぜ」

なんということだ、忍はまた固まった。

「ちょっと、そこごめんなさい」

固まった忍の後ろから女性の声がかかり、忍は慌ててすいませんと動いた。どうやら扉の前を陣取ってしまっていたようだ。

女性はピンクの髪をなびかせ、火影の元まで歩いていった。後ろからきた目つきの悪い青年もついていく。

「何よこれ、ナルト!」

「いーやーだあー」

「サクラ!聞いてよ、もう30分はこの状態よ、仕事にならないったら!」

隣の黒髪もうんうんと頷く。ピンク色の髪のサクラは腰に手をあて仁王立ちし、ええ、と声を大きくした。

「ていうか、いのとサスケ君、そんなに待つんだったら早く言いにきなさいよ!仕事にならないのは分かってるでしょ」

サクラが入ってきた頃から彼らの話を聞いていた列の忍たちは苦笑をこぼした。確かにそうだが、そこまではっきり言わなくても、と誰かがこぼす。

サクラの後からついてきた青年が一つ大きなため息をつき、ナルト、と火影に呼びかけた。火影はゆっくりと頭を起こす。

「シカマル…」

「どうしたんだ?ナルト、今までまじめにやってたじゃねーか」

「あぁ…でも今日はなんかやる気が出なくて…」

うあーとまた火影が頭をごんと机の上に落とした。彼の言葉を聞いてサクラは、そんなの言い訳になるわけないでしょ、と語気強く火影に言う。

「ちゃんとやってもらわないと木の葉が動かないのよ!」

うん、とあいまいな返事をしつつ、火影はなおもだれる。これはどうやらしばらく動きそうにないな、と部屋の誰もが思った時、窓のほうから鋭い冷たさが一瞬貫いた。

と、思ったら机の上にクナイが音もなく刺さっていた。そこには火影の頭があったところだが、当の本人は何食わぬ顔で、というか半目でどうでもよさげに虚空を見つめている。ほぼ無意識といっても過言ではないほどだ。彼にとっては当たり前のことだが。

「動けるんだったら、この報告書の確認印もつけられるよね?」

優しい女性特有の高い声が聞こえて音もなく火影の横に黒いものが降り立つ。面がついているので暗部であるようだ。

「び…びっくりした…心臓が止まるかと思ったわよ!」

いのが暗部に言う。暗部は、本来はあるまじきことなのだが、なんのためらいもなく面を取り火影と顔を合わせる。

「え…ヒナタ…?」

「できるよね?ナルト君?」

ちらりと火影は暗部姿のヒナタを見やる。

「…えー…」

「ねえ、これ印に朱肉をつけて捺すだけなんだけど」

にっこりとヒナタが言う。

「だって内容確認もしなきゃだろー。考えんのめんどい」

ぷい、と火影が目をそらし、また机の上にぐでんとなった。

「…へーえ、ふーん?」

一気に体感温度が下がった。そういえば、あの面は暗部総隊長で、その総隊長は鬼だとか修羅だとか悪魔だとかとか噂されるほどの人だったよな、と並んでいる人々が考え、あわあわと焦りだす。火影様が危ない!いやいや、俺たちのほうが危ないんじゃ…。

「ヒナタ、止めとけ。皆が怖がってるだろうが。ナルト、なんだったらいったん休憩にするか?」

「シカマル、驚かないのか?ヒナタが暗部だってことは知ってたが、まさか総隊長とは聞いてなかったぞ」

今そこですか!?そこなんですかサスケさん、と忍たちが突っ込みたいのを必死でこらえて手を握り締める。ぐしゃりと書類を握りつぶしてしまったものもいるほどだ。

「ああ?俺がヒナタを暗部に入れたんだしな」

ああ、そうなんですか。きっと貴重な情報なんでしょうが今はどうでもいいです。

「いつから――」

「って、サスケ君、そんなことじゃないわ、今は!とにかく今ここにいる人の分だけでも何とかしないと!」

サクラがヒナタの真実を知って固まっていたが、サスケの場違いな言動に復活し的確に突っ込む。

「そうだな…とりあえず、ここにいる分だけ仕事を終わらせて一時間睡眠をとったらどうだ?どうせ昨日も徹夜だろ?」

「うーん…」

うなったまま、しばらく火影は何も言わなかったが、そうする、と小さく呟くと起き上がり、ヒナタの報告書を取り上げるとぱっと見てサインを書いた。

サスケやいの、並んでいた人たちの分までその調子で終わらせ、10分ほどで彼の仕事は終わった。

これには部屋にいた全員が目を見開いた。ここまで早く終わらせるようなことは今までなかったのだ。サクラはできるんだったらいつもこうしなさいよ、と思うほどであった。が、若干二名、不審な気持ちを抱いていた。

「終わったーっ」

ぐっと火影が腕を伸ばし、並んでいた忍たちがぞろぞろと部屋を出て行く。ほとんどのものが興奮冷め遣らぬ、といった体で話し込んでいた。

「さて、じゃあ俺は次の仕事が来る前にさっさと休ませてもらうか」

言ったとおりそそくさとこの部屋から通じる火影の休憩室に入っていった。それを見送ってから、シカマルとヒナタが目を見合わせる。

(あやしい)

無言で二人は火影が入ったドアに近寄るとどちらともなくぶつぶつと呟き始め、素早く印を結んだ。それが10分ほど続いたものだから、サクラといの、サスケは顔を見合わせた。




休憩室に入り、まっすぐにベッドに腰掛ける。ここは火影室よりは広くないのでベッドが大きくこの空間を占めている。

はあ、とため息をついた。ああやってぐだぐだとはできるが、皆の前で弱音なんて吐けるはずがない。

ふっと顔をあげる。扉があるので様子は見えないが、気配でシカマルとヒナタが扉の前まで来ているのはわかった。大方、結界でも張っているのだろう。それほど信用ないか。それとも今日の態度のせいか。そりゃそうか。

朝からやる気が出ない日だった。最近よくあることだったが、今日も昼間では気力で何とか乗り切った。しかし、その気力もお昼頃には切れかかっていた。

今まで、それこそ生まれてからずっと気力で生き抜いてきたもんだ、このあたりで切れてもおかしくないだろう。それも、昔のままの生活環境だと、おそらく死ぬまで気力で生き延びただろう。

変わったのだ。

甘えるなんて言葉を知ってしまい、それを甘受してくれる存在も出来た。同じ仲間だというのに知らずに威嚇していた猫のようだった自分を、今では笑ってしまえるようになった。

変わってしまったのだ。

あの頃の自分が今の自分を見たら、あざ笑っただろう。しかし今の自分があの頃の自分を見たら、馬鹿にできる。まだまだ子どもだな。成長しろよ。いや、ただ強いだけじゃ、大人とは言えないな。

なんとか昼ご飯にありつけているときに、食べながら考えていた。どうして最近やる気がでないのか。最近になって今までとは違うことがあっただろうか、思い出しながら考える。

と、一つ違うところがあった。しばらく会っていない。しかし以前にもしばらく会わないことがあったことを思い出す。そのときと違うところは?

――思い出しただけで、今すぐにでも会いに行きたくなる。

思いついてしまうとそれ以外考えられなくなった。飯を食べた後もずっと頭から離れず、目の前のことが頭に入ってくるはずもなく、結局今までずるずると渇望を持て余したままうなだれている。

「あーあ、情けねぇ…」

火影とあろうものが、それぐらいの気持ちの切り替えができなければならない。そうでなければやってられないのである。

そうだからこそ、さらに悩んでしまう。なんとかこの気持ちを抑えられないものか。

「いっそ会いに…」

そう思うと、もうそれしか考えられなくなり、頭の中はどうやって早く会いにいけるかを考えていた。

すっと立ち上がる。考え事をしている間にどうやら結界が張られているようだった。つと口元をつりあげる。

彼らのできる最高レベルの術だった。互いのを掛け合わせてさらにレベルを上げているようだった。が、まだまだ甘い。

口元に手を当て、すうーっと部屋を見渡す。十分後には、おそらく術者には気づかれずに、部屋から抜け出した。




ふあーっと息をついて机にうなだれた。とりあえず一段落だ。時間は14時30分。

「あ、れんげちゃん、終わった?」

「はい。とりあえず一応終わりました」

上司のざくろさんがにっこりと言う。わたしもそれにこたえてにっこりと返した。彼女はいつ見ても本当に綺麗だ。ぬれているようなストレートの黒髪をさらりと上手に扱ってわたしに近づく。

「おつかれさま。じゃあ、仕上げして私の机に持ってきてもらえる?それから遅くなっちゃったけど、お昼食べてきてね」

「はい!ありがとうございます」

小さな出版社にわたしは勤めている。といっても、大きな建物の中にある出版社だ。社員は十人程度。30ページほどのさまざまな情報を入れた雑誌を作っている。これでも最近は少しずつ売上げは伸びている。

今はちょうど急ぎの仕事を終わらせたところだ。お昼も抜きでやっていたので、おなかがぺこぺこだ。

ぐっと腕を上に伸ばして一気に脱力した。それを見ていたらしいざくろさんがうふふと笑う。

「ゆっくり休んでね」

その笑顔にまたまた癒されながらしばらく座って休憩していると会社の部屋の出入り口が騒がしくなった。なんだろうと目を向けてみると、すごい人だかりが出来ていた。

「うわあ…人がすごい、有名人でも来たのかなー、…って、あれ?」

人ごみの真ん中あたりに知っている髪色と髪型が現れて、まさかなー、まあわたしには関係ないや、と出かける準備をする。



火影室ではなぜか緊張状態が続いていた。

シカマルとヒナタが結界を張った後でもぶつぶつと呟きあい、サクラやいの、サスケはなんとなく離れづらくて火影の仕事の一部をしていた。といってもそれほどやれることもなく、ちらちらとシカマルとヒナタの様子をうかがいながらだ。

と、突然ぴたりと二人の話し合いが止まり、一様に火影が入った休憩室を見た。

「なあ、さっきからなんの動きもないよな?」

「そうね…まさか寝ているわけじゃないだろうし…」

その呟きが聞こえた三人は顔を見合す。寝ないのなら、どうやって休憩を取るんだ。

「なーんか、いやーな予感がするのよね」

「だよな。なんか大事な部分がなくなってる気が…」

ばっと二人が目を合わせて、勢い良く扉を開いた。

「やっぱりか!」

同時に二人は叫んだ。部屋の中には誰もいなかったのだ。ヒナタは、一班、シカマルは、サスケ、とまた同時に声をあげた。

「なんだ?」

サスケが答えると同時に暗部の三人が気配もなくヒナタの前に現れた。

「今から情報班に行って、火影の目撃情報がないか調べるように言ってくれ。それと上忍以上の手の空いているものに火影を探すように指示を出せ!いいか、里をくまなく、だ!当然死の森にも行ってくれ!」

「あ、ああ…」

「サクラといのも頼んだぞ!こんなとこにいるわけないだろ、と思うようなところを特に探すんだ!」

「ええ…」

「わ、わかったわ」

ぴっとヒナタが暗部の三人を見た。

「ということよ。相手はあのナルト君だからね。数で当たれば何とかなるかもしれないわ」

「承知しました」

その言葉を後に暗部が消えた。

「ヒナタ、あのナルトって…確かに意外性はあるけど」

「まさか暗部に見つけられないってわけじゃないでしょ?」

サクラといのが疑問を口にすると、シカマルとヒナタは遠い目をした。

「あれはいつだったかな…」

「まだナルト君が純粋な笑顔を惜しみなくひけらかしていた頃だから…」

「相当昔だな」

「あのときのかくれんぼは思い出したくないわ…!」

うふふふふ、と怪しげな笑みを残してヒナタが消えた。

「とりあえず、お前らはさっさと行け」

そういうとシカマルはふらりと火影室から消えた。残された三人は首を傾げるばかりである。




さて、お昼お昼、と言いながら立ち上がる。

「どっか行くのか?」

聞きなれた声が真後ろで聞こえて、びっくりして振り返るとナルトがにっこりと居た。

「あれ、ナルト?どしたの、こんな昼間に。仕事は?」

「ん?ああ、ちょうど休憩になったから抜け出してきた」

ふーん、とわたしは首を傾げつつもナルトに向きあう。そこで気づいた。

「げっ!さっきの人だかりの原因、ナルトなの!?」

ナルトの後ろにはさきほどの人たちが全員引っ付いてきていた。それほど狭くなかったはずの仕事場がびっしりと人で埋まっている。人、人ひと。みんなきらきらとまぶしい笑顔だ。中には男性も興奮したような顔でいる。

「まあな。俺もけっこう有名人だし」

ただのサラリーマンが?じとっと彼を見つめてみる。

「自分で言う?まあ、いいや。今からお昼だから、ついてきてもらってもいい?」

にっこりと彼は微笑む。なんだろう、さっきからずっと笑顔のままだし、しかもその笑顔もいつもと違ってすごく晴れやかできらきらしている。

「そうだな。じゃあ、俺がいいとこ紹介するよ」

「りょーかい。じゃあ教えてもらおう」

しかし、今思ったけど、この人の中を抜けるのはなかなか大変そうだ。なんでこんなに人が集まったんだろう。仕事はどうしたんだ、仕事は。

がやがやと興奮気味な部屋は異常に温度があがっていた。と、そこに鋭く声が響く。

「火影様だ!火影様がいたぞ!」

ちらとナルトはそちらに振り返る。

「ちっ…もうバレたか…。木の葉の忍は優秀だな」

呟くと、わたしはナルトの腕の中にいた。

「え…?えっ!?なに!?」

どうやらお姫様抱っことかいうやつをされているようだ。そして、あろうことか窓に向かっている。なに、なんで!!?

「ここ、ちょっと人が多いからとりあえず抜ける。んで、飯だ」

うん、お昼食べられるのはいいんだけど、なぜ、窓?

がらりとナルトは勢い良く窓を開けた。

「しゃべるなよ」

「え…?っきゃあっ!?」

落ちた。窓から、7階のところから。恐怖からぐっとナルトの服を掴み、声が出そうになるところをナルトにふさがれる。

すぐにすたっと音もなく落下が終わった。

「大丈夫か?」

ふるふると首を振る。

「声も出ないか」

あはは、と笑っている。笑い事じゃないのに!

「俺、今日そんなに時間なくてさ、急ぐから悪いけどこのままで行くからな」

無理、無理、と声が出なくて目で訴えると、ナルトは苦笑してわたしを降ろし、頭をなでる。

「大丈夫だって。背中に乗ってくれ」

背中に回り、ぐっと首に腕を回して力を入れた。首をしめないように力を加減して。

ふいにナルトが後ろを向いたので、わたしも振り向くと忍が居た。何故?

「火影様!いい加減お戻りに…!」

にやりとナルトが笑い、忍が最後まで言い終わる前にわたしたちは飛び上がった。




どこかの家に侵入し、わたしはようやく降ろされた。

「ここは…?」

やはりあの笑顔でナルトが言う。

「灯台元暗しってな。俺の家」

わたしは思わず目を見開く。

「今まで絶対入れてくれなかったのに」

「あー…、これはまた別の家。とりあえずさ、飯食いたいだろ?」

うん、とまだ頭が呆けたまま答える。

「店だとまたいろいろと面倒だから、俺が作るよ」

「え、あ、うん、ありがとう」

料理を作ることは以前に聞いていたので特に驚くことはなかった。

「そういえばさっき、火影様とかって言ってたけど…」

料理の準備をし始めたナルトを眺めていると、徐々に落ち着いてきて、さきほどのことを思い出していた。ナルトはくるりとこちらを振り返る。

「ああ、言ってなかったけど、俺、忍で火影だから」

はい?

にっこりとわらう。

「なーんか色々悩んでたんだけど、もういいよな。ま、そういうわけだから。色々覚悟しとけよ」

「えぇっ?」

火影?ホカゲサマ?

「うそ…。今までサラリーマンだと…」

「ああ。今まで夜にばっかり会ってたしな」

確かに。夜にしか会わなかった。だから今日仕事場で見かけたのも、すぐに信じられなかったのかもしれない。

「ってわけで、結婚してくれ」

はあっ!?

わたしは、今まで生きてきた中でおそらく一番に、声を大きく叫んだ。









To meet you;
(…ありがとう、よ、よろしくお願いしますっ)



それから結局1時間後にナルトは見つかり、いろいろと紹介とか、説明とかしているうちに夜になり、わたしは仕事に行けなかった。


あきゅろす。
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