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路地裏には烏<カラス>が多い。


人ごみと日の光を避けて行動すれば、こんな風に狭い道ばかりを通ることになる。
自ず、目にかかることも多くなる。この黒い塊。


赤い衣が珍しいのか、恐ろしいのか、群れの視線は全てキュウゾウを見つめている。


好きで入り込んだ訳ではないのだから、そんな目で見てくるな。
喚きたいような気分で、銀色に光る目玉達に睨みをきかせる。


しかしながら、カラスというのは素知らぬふりが上手い。


もう興味がないとでも言いたげに、あっけらかんと中の一羽が一声啼いた。





探しものをしている。

おそらく其れを見つけるために、このような暗い場所にいる。

だが、何を探していたのかがどうしても思い出せない。

深い場所に入りこむたび、一層黒く塗り潰される記憶。
カラスがますます増える。


なくしたのか、どこかに置いてきたのか、それとも初めから持たざるものだったのか。
それすらわからないが、確かに探していた。

同時に、誰かを待たせていて早く戻らねば、という妙な焦りもある。

だが、誰を―…。

歩みが止まる。

振り切れば良いのだろうか。
常ならば、枷を抱えこむなど考えるべくもなく進むためには捨てていくしかない。

それにしても、前も後ろも曖昧すぎる。


何処へ行くべきかついに見失い、その場へと立ち尽くした。


カラスがまた、一声啼く。
誘われるように一斉に飛び立つ黒い群れに視界を奪われて、耐えきれず空を見上げた。


朝を告げぬ鳥。
死を呼ぶ鳥のおこした残響を聞きながら。

舞い散る羽根の洪水の中で一羽だけ、群れを追うわけでなくただ空を見上げるカラスを見つけた。


すっかり姿を消した仲間の群れをいつまでも眺めるその一羽の足元には、半ば硬直した同族が横たわり死にかけの体を晒していた。


飛べぬのか。


地に止まる姿を見つめながら、音にならない声で呼び掛ける。
此方を向いたよっつの目玉が、闇の中でもうるさく輝く。


そうか、お主は飛べぬのか。


キュウゾウはスラリと一本、刀を抜いた。

間を置かず、垂直にかざされた切っ先が横たわるカラスの体を貫いて地面に刺さる。

鳴き声のひとつもあげず、屍と化した同胞を一瞥し、残されたカラスも程なくして空へと発つ。

まるで儀式めいた一連の動作、其れが合図であったかのように。


飛び去った影を見送りながら、キュウゾウは地に縫い止められたカラスの亡骸から刀を引き抜いた。
何処にも行けず、此処にとどまるだけの身の上は、奇しくも自らの境遇と重なる。

一体何を断ち切ったのだろうか。

探しものの輪郭が、また遠退いたようだった。

















「…昼寝か?」

閉じている瞼の裏に赤い光と黒い影が映る。

声に反応して目をあけると、記憶より随分と年を重ねた馴染みの顔が夕暮れの赤に染まって其所にあった。

血色の悪い、神経質にあちこちが尖った風貌。
不吉な人相というのだろう。
カラスによくにている。


最早曖昧な映像と化した記憶を辿り、夢の中の探しものが何であったか探る。
頭は未だに、夢と現実の境をおぼろ気にしたままだ。


目の前で苦々しい顔をした男をじっと見る。


「夕刻には戻れと言ったろう」

仕方のない奴だと呆れた目に、夕日の光が映りこんで銀色に光った。


「カラス…」


思い出したのは路地裏に残された二羽の鳥。

殺したカラスの亡骸を一瞥して飛び立ったアレは、群れへと戻れたのだろうか。


試してみたかった。
もしこの男を斬ったなら、でてゆけるのか。と。

しかし相変わらず、その先が見えない。

今もまた、夢の続きのようなもの。


ならば、試してみようか。


呆けた表情のキュウゾウにヒョーゴは怪訝な視線を向ける。


「カラスがどうした?」


「…お主を…」


「…………あ?」


「殺した、すまぬ」


眉間の皺を深くして、いよいよ不機嫌になったヒョーゴの指先が、キュウゾウの丸みのない頬を無理矢理つねりあげた。



「テッサイ殿を待たせている、さっさと戻れ」


ヒリヒリと痛む頬をひと撫でして立ち上がる。


…成る程、現実だ。

屋敷に向かって歩き出す。
僅かに振り返ると、視界の端に笑いを噛み潰したようなヒョーゴの顔が見えた気がした。

何処かでカラスの、啼く声がする。







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