[通常モード] [URL送信]
ページ:2

「…眠れないのか?」

ふと染み入るような声音に気付いて、アキラはうつ伏せていた顔を持ち上げた。

起きてたのか、そう口にしようとして目の前の澄んだ青の眼差しに目を奪われる。
労わるような深い青色。優しい目。

「…アキラ」

静かに名前を呼ばれ、唇の形だけでオイデと招かれる。

「俺はここでいい」

頭を振って言葉を返すと、男の右手がアキラの頬に伸びてきて触れた。
びり、と弱く痺れる感触がはしって、思わず目を細める。
暖かい手の平の与える刺激が肌の感覚を全て攫っていく。

「アキラ」

まっすぐに見据えられて多少居たたまれずいると、もう一度名前を呼ばれた。
一瞬躊躇った後、立ち上がりベッドの上に乗り上げて、その隣に寄り添った

「冷えている。もっと傍においで」

そういいながら男はアキラを腕の中に抱え込む。
やはり眠っていた者の体温は触れれば高く感じて、思ったより冷えていた身体のせいもあり、分け与えられたぬくもりはとても心地良かった。

「…悪い」

「何故?」

「狭いだろ…」

大人の男二人が寝るには、こうして抱きかかえてもらわなければ幅が足りない。
わかってはいるがやはり気まずくて、向き合った形のまま視線を合わせることができずに俯いた。
顔を背ける前に一瞬虚を突かれたという表情をつくったように見えた男が、抱えた腕に力を込めて身体をさらに引き寄せてくる。

「おい、聞いて……」

思ったより強い力で抱き寄せられたことに戸惑って反射的に面をあげた後、一瞬目を疑った。
暖かいまなざしと緩く持ち上がった唇は、慈しむ、そんな言葉がしっくりくる微笑みだった。

「こんな風にアキラと触れられるなら、狭いのも悪くない」

脳に直接染み入るのではないかと思うほどの距離で囁かれて、頬に熱が集まるのを感じた。

「ずっと、このままでもいい」

「…ばかか、アンタ」

「アキラはどう思う…?」

まっすぐに見返してくる青の瞳が静かに射抜いてくる。
問いかけに答えられず視線を囚われたまま、今度こそいたたまれなくなって目を逸らしたら、それを咎めるように唇に噛み付かれた。

「…っ」

乱暴ではなかったが、反作用の刺激も相まって身が竦む。
突然のことに怯んで肩をふるわせたアキラを男が優しく抱きしめた。
それだけで安心してしまう自分が腹立たしくて、気を紛らわすように合わさった熱に意識を返した。

応じてきたことに驚いたような戸惑いの色を見せて、しかしどんどん高まっていく熱にそれは全部溶けていく。
触れて、はなれてだけを繰り返していたキスに湿った吐息が混ざりだせば、次第に深く求めだす自分がいた。
角度を変えては奥を探られる。
その度に、より強いnicolの反作用がアキラの内側を麻痺させて、電流のような痺れが快楽に変わっていく。

苦しげに喘ぐ他人みたいな自分の声と濡れた音を考えないように、男の動きに合わせて舌を躍らせた。
息継ぎがうまくできないのは、こういう触れ合いに慣れていないせいだ。
男は存外、この手の行為を自然とこなす。
トシマで突然組み敷かれた時は、何かを確かめるために探られていただけの行為であったように思う。
今のような熱も感情も感じなかった。
自分にあったのは困惑と恐怖と、幾ばくかの哀れみ。
不思議と怒りはなかった。
機械的な手つきが、きっと、望んで覚えたのではないと伝えてきたから。

今は、絡まりあうたびに苦しさだけではないどこか充足にも似たものがうまれる。
あまり面にでない男の感情が染みてくる気さえして。
いつのまにか口付けあうことに夢中になっていた自分にふと気付き、我に返って身を引いた。

「…なにしてんだよ」

恥ずかしい。一体何をしているのかと思うと羞恥だけで死ねる気がした。
そんな心情を知ってか知らずか、面白がっているとも見える笑顔で男はアキラの顔を覗き込む。

「少し、アキラを困らせてやりたくなった」

「…何で」

あやすように肩をくぐってまわされた男の手が、髪を撫でてくる。
優しい手つきに頬が緩みかけて、あわてて唇を引き締め睨みつけてみたが、様にならないのでやめた。

「さぁ…なんでだろうな…」

きっと本当に分かっていないのだと思う。
それでもいいと言の外で呟いた微笑がとても眩しくて、苦しい。

こんなに穏やかに息づく感情が、いつのまに彼の中に生まれていたのだろうか。
そこに、nicol premierと呼ばれた兵器の姿はない。
二人でトシマを出るときに、彼の向けた笑顔がフラッシュバックする。
この世界で一番綺麗で尊いものに見えた輝き。
金色に波打つ髪も紫紺の瞳も今はもう失せて、あの時とは何もかも変わっているのに。
あの日と同じように熱くこみ上げる衝動が、アキラの中にある正体不明の感傷を揺さぶった。


―ケイスケの時と同じだ。
ずっと一緒にいても、見ることのできない一面をみんなもっている。
あの時、幼馴染の側面が覗いたとき、自分は気付こうとせず目をそむけた。
逃げだしたのだと、今でも思う。
臆病で、狡い、変わってしまうことを何より恐れていたのは自分の方だ。
受け止めて、今ここに立っているのだと言い聞かせるように、逃げて逃げて、運命に抗いたがる。
時折、自分はこの男を身勝手な贖罪のために振り回しているのではないかと、そう思う時さえあった。
なにも分からず、知らない、まっ白な男の傍で、赦された気になっているだけではないだろうか。

「アキラ…?」

そんなアキラの苦しみをいち早く察しては、彼は覚えたての笑みを浮かべ手を差し伸べてくる。

「手を繋ごう」

彼の最も好む触れ合い。
自分が与えた初めての希望を確かめるために。
安心するという、言葉を知らない瞳が訴えてくるたび泣きそうになる。
未だに掴まれたままの右手を両手で包まれて、びりりとした電流が皮膚の下の血液を炙った。
添えられた痛々しく盛り上がる十字架の傷がうっすらと赤らんだ気がした。
この男も自分と同じように甘い痺れを感じているのだろうか。

「暖かいな」

気持ち良さそうに目を細め、額を額に寄せる甘えた仕草で男が呟く。

「そうだな…」

大きくて穏やかな獣を手なづけたみたいだと思うと自然に笑みがこぼれた。

こんなものいくらだって与えてやるのに、求めることに、いつだってこの男は臆病だ。
躊躇いがちにすがらないでいい、自分にあげられるものは全部やったっていい。
それほどまでに愛しい。

なのに、何故こんなにも不安に駆られるのだろう。
この微笑みも、安息の眠りもきっと悪いことじゃない。
けれどまっすぐに見つめることができない。


そんなに、急いで取り戻さないでくれ。


男がこの手を掴めば、消えた感情が蘇るみたいに表情が生まれる。
抜け出そうと、してくれているとわかってまた泣きたくなってしまう。
アキラにはもう、これくらいしか与えられるものは残っていないのに。

「―――」

息つくように、耳元に唇を寄せて短く男の名を囁く。
その声に、ゆっくりと男は瞼を閉じていく。
まるで安らいで眠る赤子のように。
その束の間の安息を探るようにやさしくふわついた髪を指ですいた。

俺も、ずっとこのままがいい。

小さく呟いて、自分の手に重ねられた白い手に口づけをおとした。









END
















[*前へ][次へ#]

あきゅろす。
無料HPエムペ!