忘れ物 3
俺がアメフト以外でこんなに走ったのは初めてだぜ。糞マネ、テメェはつくづくすげぇ女だよ。

腐れた場所だった。太いパイプ、濁った臭い。それだけで捨てられた場所だと直ぐにわかる。

「まったく。面倒くせぇ事してくれやがって」

門番と呼ぶには相応しくない男が二人そこにいた。

「へっ!」
「待ってたんだぜ?蛭魔よぉ」

生意気に俺様を呼びすてたぁいい度胸だ。つかつかといい音が響く。何の抵抗もなく徐々に詰め寄る。
ヒク付く笑み。この二人には見覚えがある。

「ま、待て!女がどうなってもいいのか!?止まれ!!」
「止まれだ?誰に向かってそんな事言ってやがる」

後ず去る男の一人が声を張り上げた。もう一人がナイフを構えて震えている。

「きょ、脅迫手帳をこっちによこせ」
「手が震えてるぜ?」
「うるせぇ!女が――」

男が続きを言うより早く男の目の前に詰め寄るとプシュッと言う音と共に男が地面にひれ伏した。

「え」

何が起きたのかも理解できないもう一人が呆けた顔でヒル魔を見返した。

「女が…何だ?」

ヒル魔の凄まじい笑みに震え上がった男は腰を抜かし地面を這いずり回る。もはや戦意さえ男には残っていなかった。

「なぁ?あの女がまた五月蝿い事確実だ。」
「ひっ…!」
「あ〜ぁ、どうしてくれる?俺様すげぇピンチ」

大きなため息をつきこれ見よがしに額に手を当て困った仕草をしてみせた。

「責任は後でとってもらうから、寝とけ」

通告と共に放たれた睡眠ガス。男の体が傾いてドサッと鈍い音がした。
あっけなく堕ちた男共を静かに見下ろし目的の扉を睨む。アホ共がアホのように守っていた場所。
そんな解りやすい隠し方、見付けてくれと言っている様なものだ。
ノブを回しても反応が無い。鍵を開けるのも面倒で俺はここにきて初めて武力行使をした。
錆付いた扉を蹴り上げる。派手な音を聞き流し薄茶色の髪を視界に捕らえた。


「随分とイイ誘い方してくれるじゃネーか」

居るであろう親玉に向けてプレゼントだ。


*******


「オイ、糞野郎。俺様の呼び出しは高くつくぜ?」
「基より承知の上だ」
「そうか…なぁ?ソイツ」

蛭魔が顎を上げて彼女を指した。俺も釣られてソッチを見る。
すると、バンッと銃声がこの狭い場に響いて彼女を拘束していた筈の鎖がパンッと弾け飛んだ。

「なっ!?」

驚きで振り返ったら悪魔と目が合った。おいおいおい、なんて野郎だよ。
其の目には迷いとか怖さとかそういったものは一切なく、確実に自信に溢れてた。

「返してもらうぜ?」

口元は笑っていたが目は笑っていなかった。
不意に背筋に走る寒気だけがこの世の全てのように思えた。彼女は信じられないって顔して蛭魔と自分手を交差に見てた。
そして、辿り着いたのか、徐々に頬に赤みが増していく。堪え切れないという感じで彼女が立ち上がり叫んだ。

「 ナ ニ し て る の よ !」

だが、その顔はさっきまでの女過ぎる顔よりよっぽどあどけなくて可愛いと形容できるものだった。
俺は何がしたかったのだろうか。この男から脅迫手帳なるものを奪うのではなかったのか?
いや、そもそもそんなことできる筈ない。この男はあの蛭魔妖一なんだから。
なら、彼女を拉致る必要はあったのか?わざわざ蛭魔に喧嘩を挑んだのは?
脅迫手帳に書かれている物を蛭魔は本当にばらしたりしたのか?イヤ、アレを流したのは本当にこの男なのか?
そんな事が頭を駆け巡った。

「糞野郎、聞け。」

半ばトリップしていた俺はその声で我に返った。

「俺様の為に誤解を解いてやろう。」
「??」
「誤解だと?」

彼女も俺も突然の展開についていけない。
ただ一人、全てを知っている男がゆっくりと話しながら彼女に向かっていく。

「そうだ。テメェの学校に流れてる話は俺が流したものじゃねー」
「なに!?」

声が震えた。まさか!そんなはずはないと自分に言い聞かす。

「信じるも信じないも勝手だが、ソイツを流したのはテメぇーの女だよ。」

耳を疑った。思いもよらない言葉にカッと血が上ったのがわかった。

「馬鹿を言うな!!」
「言っただろう?信じるも信じないもテメェの自由だ。だが、テメェーの女は他に男が出来たんでな。お前が邪魔になったんだ。手っ取り早く別れるためにはソイツが一番の方法と考えたんだろう。だが、自分の名前が公になれば意味が無くなる。そこで俺様だ。」

なんて事だ。
疑惑は裏返され事実なって現れだした。淡々と語る蛭魔を前にして俺は声も出ないで居る。

「なんでヒル魔くん?」

彼女が変わりのように聞き返した。

「俺様は有名だからな。俺の名を添えてソイツを流せば誰も疑うものはいねぇー。ソイツを理由に女は別れをテメェーに告げる。逆上したテメェーはソイツを誰が流したのかを知って復讐に燃える。これ以上広まらないように脅迫手帳は奪わなければ。ならいっそ女を失くす想いとやらを俺にもさせてやろうと、そうやってこの事態は成り立ってる。」

当然のことだ、と蛭魔の目は言っていた。男の説明には穴が見当たらなかった。
そして、なぜだか解らないが全身の緊張が其の瞬間一気に解けたように思えた。
「目が覚めたら全部夢だったと思って忘れとけ」
そういった悪魔なのに酷く安心を装った声に、俺の視界は白く染め上がり、ゆっくりと意識を手放した。

「ちょっと!!!何したの!?」


先ほどからこの男は私の目を疑わせるのがスキらしい。
目の前にさっきまで私を恐怖に追いやっていた男が倒れている。

「あ〜夢を見させただけだ。オイ、帰るぞ」
「ちょ!きゃっ!え?この人たちはあの時の…;ひ、ヒル魔くん!どうゆうことよ!貴方一体なにしたの!?」

そう言って先をゆく彼を私は小走りで追いかけた。


*******


家についてからヒル魔くんが突然黙ってしまった。

「どうしたの?」
「はぁ・・・」

さっきから毒虫を噛み潰したような顔してそればっかり。

「ヒル魔くん?」

今日は散々だったわよ?

けど、私はもう知ってしまった。
アレがきっかけなんていうのもロマンテックな気はしないけど、それもありかとも思う。
金色の悪魔は今日はお疲れのようだ。尖った耳も今は力をなくして少しへんにゃりしてる。
あぁ、好きなんだな、と思うのと唇が熱を持ったのは同時だった。


「・・・」
「え?」


えぇ!?私は今ナニをしたの?混乱してる私をヒル魔くんが抱きしめた。
何も言えずにパニックな私。暫くしてから手に何かを握らされた。


「――忘れ物…」


ヒル魔くんはその言葉だけを残し姿を消した。私はその背をぼーと見つめていた気がする。

気づいて手の中を見たとき。
私の大好きなロケットベアーの小さなぬいぐるみが掌で可愛く御辞儀していた。

fin.

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少女漫画デスカ?(苦笑)



あきゅろす。
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