TITLE 月 光 (笹弥) ※やや本誌ネタ 夜の公園 月を背負った あなたの顔は朧ろ ネウロが人間じゃないこと、私が名探偵なんかじゃなくて普通の女子高生であることが、ようやく笹塚さんに明かせた。 「…これで笹塚さんへの秘密がなくなった」 嬉しくて自然と笑みが溢れてくる。 いつもは手くらいしか繋いでくれない笹塚さんが珍しく私を抱き締めてくれている。 ゆったりと脈打つ鼓動、タバコの匂い、笹塚さんの体温に私は安心する。 何にも言わない笹塚さんを不思議に思って私は顔を上げる。 大きな身体をギュッと丸めて私を包む笹塚さん。その表情は見えない。 「笹塚さん?」 私は世界で一番愛しいひとの名前を呼んだ。 返事の代わりに笹塚さんが腕に力を込めてくれる。 物凄く愛されているような気持ちになって、私は泣きたくなる。 でも、 こうやって私の存在を確かめるように抱き締めてくるときは、物凄く笹塚さんが不安なときなんだ。 モゾモゾと手を動かして、笹塚さんの背中に腕を回す。 より笹塚さんの体温を近くに感じられるようになった。 「ごめんなさい…」 私がそう言うと、笹塚さんの身体がピクリと動いた。 私は笹塚さんの背中に回していた腕を緩める。 私から身体を離して、ゆっくりと笹塚さんが顔を上げた。 ドクンと私の心臓が大きく脈打つ。 「…弥子ちゃん」 大好きな低い声が鼓膜を揺らす。 「…おれがどんなに弥子ちゃんを守りたいと思っていても、君が危ないことに首を突っ込むのは、アイツのせいなの…?」 「…最初の頃は、そうだったけど、今は違うかな…」 「じゃあ弥子ちゃんはアイツの為に死ぬ覚悟があるってこと…?」 「…うーん…そういう腹を括ったときもあったかなぁ…」 ヒュっと笹塚さんが空気を吸った。 でも、もう嘘で取り繕いたくない私は、出来るだけ正直に言葉を紡ぐ。 「でもね、それはネウロの為じゃないよ。私の大切なひとを守るために、ネウロと一緒に死ぬ覚悟をしたんだよ」 私はHALの件を思い出す。 あの一件から私が学んだことは計り知れない。 「私みたいな子どもが『死ぬ覚悟』なんて軽々しく言っちゃダメなんだろうけど…」 いろんな『死』に触れてきた。その『死』を通して私はいろんな人と出会った。 「ネウロの手伝いをすることは、私たち人間を守ることにもなるから!」 なるべく明るく言って見たけれど、月の逆光で笹塚さんの表情はよく見えない。 「…なんで、弥子ちゃんが『人間』を守らなきゃいけない…?」 「え?」 「…弥子ちゃんは守らなくてもいい。それはおれ達の仕事だ…」 「笹塚さん…」 「もし弥子ちゃんが死んでしまったら、おれは…」 「笹塚さん…」 「…仕事柄…『喪う覚悟』はずっとしてきたつもりだったけど…ダメだな…」 「あ…」 もう一度、笹塚さんの腕に包まれる。 「今まで、無事でいてくれてありがとう…」 抱き締められた腕の強さ、少し掠れた声、私にくれた「ありがとう」の言葉、笹塚さんの全部が愛しくて嬉しい。 「…うん」 涙が込み上げて来る。胸が苦しい。 苦しいよ、笹塚さん。 「死にたいわけじゃない…もっと笹塚さんと一緒にいたいもん」 「うん」 「でもね、私も大切なひとを守りたい…」 「…うん」 「大切なひと達の命が危険にさらされているのを知ってしまったら…私に出来る事なんて少ないけど…私は守りたいよ…」 「…うん」 「生きて、笹塚さんの傍にずっといたい」 「うん…分かった…分かってる…」 「…だから…笹塚さんも生きようとしてね…?」 「うん」 「大好きです」 「うん…おれも弥子ちゃんが好きだよ」 言っていることに筋道なんてなくて目茶苦茶だというのに、笹塚さんは嫌がりもせずに聴いてくれる。 それが嬉しくて苦しい。 笹塚さんもきっと同じ気持ちなんじゃないかと思う。 強大な敵に笹塚さんが立ち向かっていくことが分かっている。 私は、それを止められない。 私が進むことを諦めることもない。 だから笹塚さんは、もう私を止めようとしないんだ。 たとえ、その先に『死』が待っていたとしても、だ。 月に照らされた君の顔が とてもきれいで いつまでも見つめていたい そう思った。 end. 2008/06/04 |