08
「注ゥ目ゥー!しばらく自習にする!」
「え!?」
「いいかネ!蝦蟇は基本的には大人しい悪魔だが、人の心を読んで襲いかかる面倒な性質を持っている!私が戻るまでは競技場には降りず、蝦蟇の鎖の届く範囲には決して入らないこと!いいネ!分かったら以上!今行くヨ!子猫ちゃ〜ん!」
「なんやあれ!あれでも教師か!正十字学園てもっと志高い人らの集まる神聖な学び舎や思とったのに…!生徒も生徒やしなあ!」
「…なんだよさっきからうるせーな、何で俺が意識低いって判んだよ」
「授業態度で判るわ!」
「また始まったわ…」
「………」
まるで子供だ
たかだか15、6年しか生きていないのだから仕方ないと言えば仕方のない事なのだが、何故そこまで剥きになるのか正直分からない
世の中の事全てを理解しろとは言わないが、少々厳しすぎる、他人に自分と同じものを要求した所で同じものは返ってこないという事を知る必要がある
彼は頭がいいのだからそのくらい分かりそうなものだが…
「お前、自分が志高いっちゅうならそれ証明してみせろや」
「証明?どうやって」
「あれや!蝦蟇に近付いて襲われずに触って帰ってこれたら勝ち…!蝦蟇ゆうんは相手の目を見て感情を読みとってくる…恐怖、悲しみ、怒り、猜疑心…とにかく動揺して目をそらせたりしたら最後、襲いかかってくる悪魔なんや…真の祓魔師目指す人間やったらあんなザコ相手に心乱したりはせんやろ!」
「………」
「お前が無事戻ってこれたら覚悟決めてやっとるて認めたるわ」
「ちょ、坊…」
「もちろん俺もやる!当然勝てる!どや、やるかやらんか決めろ!」
「………」
仮にここで奥村燐が死んだ場合、私の仕事はどうなるのだろうか
メフィストの目的は知らないが、何らかの目的があって彼を利用したがっているのは明らか
だとすれば、ここで彼が死んだ場合の責任は自分にあると言い出しかねない
「…燐」
「あ?」
「やめた方がいいわ、勝呂くんも…先生も仰ってたでしょう?競技場には降りるな、蝦蟇の鎖の届く範囲には近付くなって」
「黙っとけ!」
「………」
あーあ、これだから子供は嫌いなんだ
「燐…」
「……へっ、面白ェー、やってやろうじゃねえか!」
「………」
「とでも言うと思ったか?ばーか」
「なん!?」
「………はあぁぁあ…!」
溜め息しか出ない
何なんだこの餓鬼共は
奥村燐にやる気がないのは大いにけっこうだが、逐一癇に障るこの回りくどさ
イライラする
「それに俺もお前と同じ野望があるしな、こんなくだらない事で命懸けてらんねんだ」
「…………っ!お前ら言うたな…!」
「いやあ…!」
「何が野望じゃ!お前のはただビビっただけやろが!」
「何とでも言え」
「くっ…!………っ、どいつもこいつも…!何で戦わんのや…!悔しないんか!」
「………」
「俺はやったる!お前はそこで見とけ!」
「坊!」
「おい!やめとけって!」
競技場へと滑り降りる少年の背中を眺めながら呟いた
「若いなあ」
小さな背中だ
死んでいった仲間達の背中とその小さな背中が重なる
苦い思い出が胸を占めた
自分が将軍職に就いた時、自分よりも遥かに背の高い…人間でいう大人達が少年と同じように、私に背を向けていってしまった
戦場での単独行動は命取り
敵にその体を貪り尽くされ、骨と皮だけの無惨な姿で帰ってくるのをただ待つ事しか出来ないこちらの気も知らないで、皆いってしまうのだ
「………」
命を捨てるだけと知りながら背を向ける、その心の内にある強い思いだけは譲れないのか
本当に、損な生き物だと思う、人間は
「羨ましいけど…」
蝦蟇の前で立ち止まる
そして、少年の心からの叫びを聞いた
「………」
少年の決意がどれ程のものかは知らないし、興味もないが、微笑ましくなって頬を緩めた瞬間
場違いな笑い声に頭の中が真っ白になった
「プッ、ハハハハハ!」
「………」
「サタンを倒すとか!あはは!子供じゃあるまいし!」
ゆっくりと右手を少女へと翳して指先を向ける
その可愛らしい顔と未発達な体に醜い穴を開けてやろうと力を込めたのと同時だった
「………あれ?」
「いけませんよ、ここでの殺生は控えてくださいね」
「………」
目の前には白い壁、背後には男の気配
壁に突き刺さった自分の爪を眺める
指先がジンジンと鈍い痛みを覚えたが、今、そんな事はどうでもいい
「クジュレ…!」
「…何です?」
「ここでなら私も瞬間移動が可能なのね!」
「…あの?」
「殺生は控えろ?イェーヴェ、やめたわ、考えてみれば勝呂竜二が私の部下なわけではないし、自ら首を絞めにいく必要もないもの」
ただ次はないけど
そう言って嬉しそうに笑うクラリエをどこか呆れた様子で眺めるメフィスト・フェレス
「まあ、分かってもらえたならいいんですよ」
「……ところで、どこかに出かける用事でも?」
シルクハットを手にしている事から外に用事だろうか
しかし返ってきた台詞は意外なもので、まさかこの男に?と首を傾げたくなった
「ええ、弟に会いに」
「貴方弟がいたの?」
「いますとも」
「へえ」
行ってらっしゃい、そう呟いて近くのソファーへと体を預ける
そのまま瞳を閉じれば聞こえてきた扉の閉まる音
「…弟ねえ」
あの男に兄弟という概念があったのかと笑いが込み上げてくる
「お父様が生きてれば私にも弟か妹ができたんだろうけど、今更100歳も年下の弟妹なんていらないわ」
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