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   03

塾の授業も終わり、他の塾生も既に寮へと帰ったというのに、奥村燐はぼうっとしたまま席を離れない
そんな少年の隣で同じようにただ座っているだけ、というのはとてもじゃないが有意義とは呼べないな、そんな事を考えながらもクラリエも席を立たない

しかしそんな状況が十数分続き、流石に帰るかと席を立った瞬間、今まで黙っていた奥村燐が口を開いた

「お前何組なんだ?」
「組?」
「学校だよ」
「ああ、学校には行ってないの、塾だけ」
「へえ、俺もそうしてくれりゃあ良かったのに」

とうの昔に卒業済みだという事は隠しておいた方が無難なのだろう、そう内心で呟き、隣で再び虚を見つめる少年を盗み見る

ふと黒板へと視線が移る

ためになるのかどうかも怪しい授業を長々と聞かされ、塾生は基本座っているだけでいい…
何てつまらない時間だったのだろう
祓魔師は例年人員不足だとは聞いていたが、それにしたって効率が悪すぎる
入塾と同時に適性を審査し、それ相応のカリキュラムを組むべきではないだろうか
特に奥村燐のような人間は、誰が作ったかも分からない教本などを参考にした所で知識が脳に刷り込まれているとは到底思えない
やる気の有無ではなく、環境が悪い

「(いや、そんな事はどうでもいいか、早く帰ろう…)」
「………なあ」
「え?」
「お前って悪魔、なんだよな…?」
「そうみたいね」
「みたい?」
「(あ、違った)悪魔だって自覚…がなかった…とでもいうのかしら、メフィストに教えられるまで自分の存在は普通だと思ってたから」
「俺も…似たようなもんだな」
「………」

物憂げな表情にこれは使えると内心でほくそ笑む

そっと手を伸ばし頭を撫でれば驚きに開かれた瞳

「お互い、抱えるものは違うけど、出生が特殊なばかりに苦労してる…」
「………」
「困った時には言ってね、私で良ければ力になるわ」
「……おう」

サンキューな、そう言ってどこかに行ってしまった
その後ろ姿が見えなくなると小さく溜め息をつく

メフィストは言った
奥村燐を懐柔すればいい、と

「なかなか無理難題を押し付けてくれたものだわ」
「何がです?」
「………背後に立たれるのは好きではないの」

すみません、そう言いつつもその場から動こうとしないのを気配で察する
仕方なしに振り向けば、そこにいたのは奥村燐の双子の弟…

眼鏡の奥の瞳がしっかりと自分を捕らえているのを見て、肩を竦めてみせれば一層強く睨まれた

「貴方は何者なんですか?」
「随分と哲学的な事を聞くのね、自分が何者か分かる人間は既に人ではいられないものよ」

故郷にもそんな輩が何人かいたが、揃って奇人変人の類い
だからこそ自分のような、人ならざる者とも話ができたのだろうが、褒められたものではないのは確かだ
戦いが全てを決める世の中で学問に身を費やすなど

ふと故郷の景色が頭に浮かんだ

荒地を照らす蒼白い月
空を舞う鉄の塊に飛び交う声

「………」
「……そういう事を聞いてるんじゃありません」
「何故そんなに殺気立ってるの?」

暗に私が何かしたか、と尋ねたのだが、見事に汲み取ってくれたらしい
それ以上皺を刻んでどうするつもりなのかと思う程に深く刻まれた眉間の皺を眺めて思わず笑ってしまった

「何が可笑しいんです?」
「だって貴方…っ、思ってたより感情豊かで…!」
「……フェレス卿に貴方が入塾すると知らされた時から怪しいとは思ってました……何故、貴方のような…」
「ああ、悪魔?」
「……何故、ここにいるんです…?」

理由を聞かせてください
言葉こそ丁寧だが、節々に感じる殺気が全てを台無しにして、耳に届く音は驚く程に刺々しい

「何故私が悪魔だと?」
「ヒルドール」
「………」
「遥か昔、大陸、主にヨーロッパを震撼させた…魔女の家名だ、悪魔を召喚し、世に放ったとされる」
「……震撼させた…?」
「兄がサタンの落胤だと知って…近づいたのか…?だとしたら何を企んで…ッ!」

右腕がミシリと嫌な音を立てた

「その話…詳しく聞かせてもらえる?」
「ぐ…ぅ、」

片手で少年を持ち上げると苦し気な表情が見える
しかし今はそんな事に気を回している場合ではない
震撼させた?
対戦国を、と限定されるならまだしも、ヨーロッパを震撼させたとはどういう意味だろうか
同国の者にまで恐れられていたとは心外極まりない
それよりも、今この少年は何と言った?
まるで、ヒルドールという家は確かに存在した、とでも言いたげな口振り…

「確かに私の母親は魔女だわ、祖父母もそうだった、ご先祖様方は皆優秀な魔法使いや魔女…特に魔女は私のような吸血鬼を産める唯一の存在として国で庇護されていたのよ?戦争で勝利を決める鍵は軍にいる吸血鬼の数、私達がいなければ一体どれだけの人間が死に絶えたと思う、感謝される覚えはあってもそれ以外は心外だわ」
「ず、いぶんと…っ…傲慢な事を…言う…!」
「でも事実よ」
「くっ!」
「ッ、」

左腕に激痛が走る
思わず右手を放せば床へと叩きつけられる少年
その右手には拳銃

次々に溢れ出る血を眺めながら腰へと手を伸ばす

「なっに…を…」
「生憎、痛みに耐性なんかないわ、だったら捨てた方がまし」
「な!」

忍ばせていたナイフを脇へと当て、力を込める
先程以上の痛みが体を襲い、床へと落ちた左腕、噴き出す鮮血
ナイフを手放し、切断面へと手を当てる
脂汗が額を濡らした

「ぁ、ぐ…っ」
「………何の…冗談…」

静かに伸びる骨
それを軸に切断面から螺旋状に形成される肉と血管

数秒後には完全に元へと戻った左腕を右手で擦り、動作確認

「……そうそう、まだ話の途中だったわね」
「………」
「そういった理由から私の家は何千年もの間お国に貢献してきた訳だけど、何故この世界にも“ヒルドール”が?」
「この世界…?」
「それに貴方…“ヒルドール”は途絶えた、みたいな言い方をしてたわね、“ヒルドール”は滅んだの?何故?」
「………」
「最後に一つ、企んでなんかいないわ、私はただ頼まれただけ」
「頼まれた?」
「メフィストに奥村燐を懐柔しろって、その目的までは知らされてないけど」
「………」
「さて、どれから答えてもらおうかしら…」

ゆっくりと手を伸ばすと背後から首を絞められた
それが誰の手なのか分かると盛大に溜め息をついては、伸ばしていた手を戻し尋ねる

「理事長って暇なのね」
「あまりにも帰りが遅かったものですから、私自らお迎えに上がったって訳です、感謝してくださいね」
「………」
「それに、余計な事を話されては困る…といっても既に手遅れのようですが」

チラリと座り込んだまま立ち上がろうとしない少年を見て、笑う

「どこが余計だった?」
「全てですよ」
「あら、それは悪い事をしたわ」
「思ってもいないことを…それでは奥村先生、また後ほど」
「………」

引きずられるようにして教室を出た
廊下でメフィストの小言を聞きながら左腕を掻く
痒くて痒くてたまらない
久々の感覚に感覚神経がイカれてしまいそうだった






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