[携帯モード] [URL送信]
    02

互いの情報を出し合い、結果、生きていく上での障害となりうるものは特になかったのでそこだけは良しとする事にした
しかしどうしても納得がいかないのが、この私が塾に通うという一点のみ

「絶対に嫌」
「何故です?」
「必要性を感じないから」
「そうですか?」
「貴方は言ったわ、悪魔祓いを手伝え、と」
「正しくは“我々の仕事を手伝え”ですが」
「悪魔を祓うのと塾に通う事のどこに関係が?」
「塾に通い、エクソシスムを学ぶ事が祓魔師になる近道だと言っているのですよ」

そう言ってメフィスト・フェレスは面倒そうに溜め息をついた
その様子は明らかに「何度も言わせるな」といった風だったが、クラリエは気にせずしかめっ面で目の前の“悪魔”を睨んでいる

何度説明を受けた所で、嫌なものは嫌だ
祓魔師やらはまだしも、こちらの知識は極端に少ない、ならば塾に通い塾生との交流を経て知識の幅を広げろ、というのは分かる
しかし、悪魔を祓うだけなら何も塾に通う必要はないだろう
教育を受けていない人間には実戦の許可が降りない、なんて意味を成さない
元いた世界では戦時、最前線に駆り出されていた身、一通りの武器は扱えるし、身体能力もただの人間には決して劣らない
そもそも自分は“人間”ではないから
あらゆる制約は自分を縛ることができない

「………はあ……何がそんなに気に入らないんです?」
「気に入らないわけじゃない、ただ納得がいかないのと、問題があるだけで」
「問題とは?」
「昼間は活動できない」
「ああ…」
「イェディ・オンイェディからだったら…」
「何て仰いました?」
「ああそうか……17時頃からなら、と言ったの」
「日暮れにかけて活発になるとは、この悪魔が」
「貴方でしょう?それよりも、日光が駄目となると学生の為の塾に通うには致命的な欠点だと思うのだけど……どうしてそこまで塾に通わせたがるの?」
「何、少し面白いものが…」

そう呟いた口元が歪に弧を描いたので、関わるとろくな事にならないと自身に言い聞かせ、見なかったことにする

「だから君には私の目になってもらおうかと思いまして」
「………」

ここは恥を承知で「物理的に無理だ」と嘲笑するべきか、それともジトリと睨めつけてみるのが最良なのか、考えあぐねているとメフィストは急に立ち上がり、華麗に指を鳴らしてみせた
同時にクラリエの目の前に何やら見た目だけは普通の箱が現れた
思わず怪訝そうに顔を歪めると楽しげな含み笑い
これではどちらが悪魔だか分からない、まあどちらも人間ではないのだから大した変わりはないのだが

「用意がいいのね」
「というわけで、貴方に拒否権はありませんよ」
「最初からそう言えば良かったのよ」

箱に手を伸ばすと、中から出てきたのは制服

ベージュのジャケットに、オーキッド色のスカート、斜線の入ったリボンを手に溜め息が出た

「制服を着るような年じゃ…」
「まあいいじゃないですか、こちらにも色々と都合というものがあるんです」
「今年でユズドォルトゥ……いや…16だから大丈夫…」
「おや見た目よりお若いんですね」
「老けてるって言いたいの?そういう貴方はいくつなのよ」
「忘れてしまいました、ああでも200年は騎士團にいますかね」
「イキユズ!はは、ご苦労様ですー」
「何やら不愉快ですね」
「おッと」

僅かに仰け反り、飛んできた何かを避けると金属音
床に視線を下ろすとそこにあったのは、鈍い色を発する鍵
年季が感じられる割りには綺麗なそれを拾い上げるとメフィストは革張りの豪勢な椅子から腰を上げた、かと思うと二言三言呟いて姿を消した

何事かと歩み寄れば足下に現れた一匹の犬

気だるげな表情がまさに、先程まで執拗に塾に通うよう勧めてきたいけ好かない男にそっくりだったので思わず顔をしかめてしまう

「犬は好きだけど、この犬はどうにも癪に障るわね、顔が特に、不細工にも程があるわ」
「貴方の好みが聞けた所で私には何の特にもなりませんが、まあいいでしょう、美的感覚の乏しい相手と張り合うだけ時間のむだァ!ッ、危ないじゃないですか!」
「で?この鍵はどうすればいいの?」
「全く!……まあ物は試しに差し込んでみてはいかがです?新しい世界が見えてくるかもしれませんよ?」
「………」

半信半疑、とりあえず言われるがままに差し込んでみた
特に何らかの変化は見られなかったが、すぐに分かった

扉を挟んだ向こう側の空気が変わっている事に

「魔法や魔女をオカルト扱いする割りには、そちらさんも随分と手を染めてるようで」
「おや、貴方の元いた世界にもこういったものが?」
「まあ、魔女や魔法使いは…私達吸血鬼やただの人間には適性がなくて出来なかったけど」

扉を開けるとやはり、というべきか
普段なら明るすぎる回廊に出たはずが、今や薄暗い廊下がどこまでも続いていた

「(窓が見当たらない)」
「こちらです」
「………」

慣れた様子で四足歩行をしている、胡散臭さ満載の畜生をそれとなく眺める事数分、案内されたのは男子更衣室

「………」
「さっさと着替えてください」
「ここ男子更衣室じゃない」
「私に女子更衣室に入れと仰るんですか?どんなプレイですそれ」
「百歩譲って男子更衣室でいい事にするわ、とりあえず貴方は廊下で見張っててくれる、もし男の子が私の着替えを目撃してしまって、その晩不埒な夢を見なくても済むように」
「自意識過剰もここまでくると清々しいですね」
「今その姿でいた事に感謝すべきね、畜生を嬲る趣味が私にあったら話は変わっていたのだけど」
「その畜生相手に何を本気になってるんです?ああもう時間がないんですからさっさと着替えてくださいよ、逐一トロいんですから全く」
「本当、いい性格してるわよね…」

ここに来てから、衣食住の全てがメフィストに与えられたもの
その際に用意された“ユカタ”とやらは複雑すぎて苦手だが、脱ぐ時はほどくだけというのが楽でいい

素肌を晒し、その上から制服へと袖を通す
適当にリボンを首に巻き、振り向けば同時に人形へと戻るメフィスト
伸びてきた腕へと視線を向けながら尋ねる

「それで?塾で私は何をすればいいの?」
「何、簡単な事ですよ」

歪な形に結ばれたリボンを器用に結び直しながら、やはり胡散臭い笑みで呟いた

「奥村燐、その少年を懐柔しさえすればいい、お手の物でしょう?」

簡単に言ってくれる

そう小さく呟き、皮肉の意味を込めた笑みを向ければメフィストはそれに答えるように笑う

「で?その奥村燐はどこに?」
「1106号教室です」
「そう」
「私も付いていきますからご心配には及びませんよ」
「えー、趣味の悪い犬連れてるって思われたくないから来なくていいよ」
「その口縫い付けてあげましょうか」
「麻酔してね」
「………」

見えてきた扉の前に立つと、再び犬の姿へと変わった男を抱き上げ、手を伸ばす
薄暗い廊下に光が洩れ、そこにいたのは数人の男女
教壇に立っていた少年が一瞬驚きに目を見開いたが、すぐに笑顔を取り繕い、言い放つ

「紹介します、今日から皆さんと一緒に学ぶ事になったクラリエ・ヒルドールさんです」
「……宜しくお願いします」

前の席に座っていた少年が怪訝そうに自分を見ていたのに気づくとその隣の椅子へと腰を下ろした

「貴方が奥村燐?」
「え…?」
「この犬に聞いたの」
「犬って……メフィスト、お前何企んで…」
「企むだなんて、失敬な!私はただ、私の可愛い生徒達が順調にエクソシスムを学べているのか心配で心配で…」
「犬の戯言はさておいて、奥村燐、私と友達になってよ」
「え?」

見た目通りと言ったところか、突然のお友達申請に困惑の色を隠そうともしない姿に思わず苦笑いをこぼすが、構わず耳元に顔を寄せ、小さな声で囁いた

悪魔同士、仲良くしましょう

「……お、前…」
「………」

戸惑う表情に笑みを残して、前を向く

「(存外退屈せずに済みそうだ)」






[*前へ][次へ#]

第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!