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  19

「ひっ!」
「あ」

理事長室にも、私室にもメフィストの姿がないので、ここ正十字学園の探索でもしながら、ついでに探そうとフラフラしてたのだが、一番会いたくない人物に出会してしまった

相変わらず、という程親しくなった覚えもないが、前回同様、理解しがたい奇抜なファッションセンスに、人間が犬を連れ回すように鎖に繋がれた…悪魔らしき生き物を連れて、変化の乏しい表情を僅かに輝かせているのが見えた瞬間、逃げた

逃げる事に抵抗がなかったと言えば嘘になるが、致し方ない
あの男とは相性が悪いのだから、わざわざ痛い思いをしにいく必要もないだろう

暫く走り続け、立ち止まる
振り返り男の姿がないのを確認して安堵したのも束の間

「何故逃げるんです?」
「ッ!」

背後にぴったりと張り付くようにして立つ男
その手が懐かしむように右手に触れたので嫌な思い出が甦る

自棄になって振り払っても良かったのだが、どういう心境の変化か、以前のように理不尽に痛め付けるような素振りはない

様子を見よう、そう思い視線だけ動かすと激痛

「い、う…!」

右掌を貫通した指先

今度こそ振り払うと…確か名前はアマイモンとか言ったか、アマイモンは血で濡れた指先を口に含んで呟いた

「兄上もこんな女をよく匿う気になったものです」
「………」

細胞と細胞が分裂し肉体を形成していく感覚、加えて目の前で口の周りを赤く染めていく“天敵”への警戒心で気がどうにかなってしまいそうだ

「まあいいです、前回の件で兄上にはだいぶお叱りを受けましたからね」
「………」
「こんな所で何をしてたんですか?」

こちらの台詞だ、とは口が裂けても言えないが、視線を逸らし、渋々メフィストを探していた、とだけ呟けば捕まれた腕
ミシリ、と嫌な音が聞こえたが折れはしない、この男なりに力加減を考えての事だろうかと思うと若干見る目も変わってくる

「兄上を探していたなら丁度いい、僕も兄上に呼ばれてここに来たんです、一緒に行きましょう」

半ば引きずられるようにして向かった先は南門

「え、何故二人が一緒に…?」
「先程偶然」

アマイモンの手から解放され、空かさずメフィストの後方へと回り込む

「……アマイモン、お前また…」
「その女が勝手に怯えているだけです」
「だってその男には嫌な記憶しかないんだもの!初対面の相手の腕はへし折るし唇は噛まれるし!さっきだって右手に指を突き刺して…!」

いくら銀以外の外傷では死なないとはいえ、痛いものは痛い
そもそも、殺し合いには慣れている方だが、目の前の男はどうにも駄目だ
というのもこの男からは殺意が全く感じられない、殺気の渦巻く戦場で育ったが故に上手く感覚が働かない

「ちょっと待ちなさい、唇を噛まれたって?」
「そうよ!貫通したわ!すぐ治ったけど」
「………」
「ファーストキスでしたか」
「あんなものキスの内に入らないわ、文字通り噛まれただけよ」
「もう少し気にしなさい…」

疲れ気味にそう呟くと用意されていた椅子に腰掛けアマイモンを呼んだ

窓の外に見えたのは巨大な黒猫

「全く、お前とはぐれたとネイガウスから聞いた時はどうなる事かと思いましたよ」
「え、ネイガウスいるの?」
「あちらに」

壁に背を預けこちらを睨むようにして立つ男
あまりにも影が薄いので気づかなかった、というのは黙っていよう

「お久しぶりですね、ネイガウス“先生”」
「………」

嫌味の意味も込めてそう呼ぶがネイガウスは顔色一つ変えずに、ああと短く呟いた

「謹慎処分なんて一体何をやらかしたんです?」
「お前には関係のない事だ」
「そうですね、ですが気になるものですから」
「………」
「…まあ、大体の流れは知ってますけど」
「……何が言いたい…」
「何も」
「………」

全てがメフィストの思惑通りに動いているのだと思うと面白くないだけで、それ以外は本当に何とも思わない
ネイガウスは利用されているだけ、その結果が謹慎処分、未だ利用価値があるが故にこうして傍に置かれている、それだけだ
ただ、それなら、私は一体何なのだろうか

そう考えると何故だか無性に悲しくなった

「クラリエ、来なさい」
「………」

言われた通りに傍へと寄ればスルリと頬を撫でられた

「私に用があったのでしょう?」
「………」
「………」
「これと言って用はないわ、ただ何となく学園の探索も兼ねてブラブラしてただけ」
「そうですか」

窓の外へと再び視線を向けると、黒猫はまだそこにいた
歯を剥き出し、尾を叩き付け、怒りを顕にしている

聞こえてくる叫びに、余程大事な人間だったのだろうと僅かに眉を寄せた

「…あの猫名前はあるの?」
「ありますよ、クロです」
「………それで?」
「と言いますと?」
「クロを眺める為に集まったわけでもないんでしょう?」
「あの猫又は手強いですよー、そんじょそこらの祓魔師なんか手も足も出ないくらいには……そこで彼らは恐らく奥村先生を頼るでしょう、クロをどうにかする方法を求めて」
「………燐が来るのを待ってるの?」
「ご名答」

ニヤリと上がった口角が全てを物語っているような気がしてならない

もう一度クロへと視線を戻し、尋ねる

「燐は来るかしら」
「さあ…来なければ来ないで結構なんですが、来てもらった方がこちらとしても…どちらへ?」
「部屋へ戻るわ」
「お気をつけて」

扉に手を伸ばし、再度聞こえてきた叫びに眉を寄せた

メフィストの思惑の為に利用されるあの猫を思うと僅かに胸が痛んだが、どうする事もできない

もう一度だけ窓の外へと視線を向けてすぐに部屋を後にした
与えられた部屋のベッドへと勢いよく倒れ込み、目を瞑る

自分もあの猫のようにいつか彼の思惑の為に利用されるのだろう、そう思うと何故だか涙が出そうになった






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あきゅろす。
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