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  14

巨大なコンパスで床に魔方円を書き込む教師
その陣を眺めていると懐かしい故郷の風景が目に浮かんだ

「(そういえばお母様が私を実験台にした時の魔方円……蝋燭の灯りでぼんやりとしか見えなかったけど…見た事もない術式だった…)」
「では、これから悪魔を召喚する…図を踏むな、魔法円が破綻すると効果は無効になる、そして召喚には己の血と適切な呼び掛けが必要だ…」

そう言って血の滲んだ包帯を解き、魔法円の上へと翳し数滴垂らすと呪文を唱える
瞬く間に辺りに霧が広がり、魔法円の中から湧き出るように姿を現したのは継ぎ接ぎだらけの犬のようなものだった

あまりの臭いに思わず鼻を覆い、眉間に皺が寄る
こんなにも強烈な臭いを嗅いだのはいつ以来だろうか

「これが…ナベリウス…!」
「は、初めて見たわ…」
「硫黄くさ…!」
「悪魔を召喚し、使い魔にする事ができる人間は非常に少ない、悪魔を飼い慣らす強靭な精神力もそうだが、天性の才能が不可欠だからだ……では、今からお前達にその才能があるかテストする…先程配ったこの魔法円の略図を施した紙に自分の血を垂らして“思いつく言葉”を唱えてみろ」

言われるがままに各々が針で指先に穴を開け、略図に垂らす
しかしこれといった変化は感じられない

ふと向かいの少女の周りだけ空気が違う事に気が付くと皆がそちらの方へと視線を移す

「“稲荷神に恐み恐み白す…為す所の願いとして成就せずということなし!”」

現れたのは二匹の白狐

「凄い…出雲ちゃん…私全然ダメだ…」
「当然よ!あたしは巫女の血統なんだもの!」
「あかん…センスないわ…」
「僕も…」
「………」

自分の手元にある紙を見つめて思うのは、自分がこれを試す事に何の意味があるのか、という事
元いた世界では魔法を行使できたのはトゥーレとナディシュの二種族のみ
そもそもメレスである自分が…こちらの人間に言わせてみれば“悪魔”である自分が“悪魔”を召喚して何になるのだろうか

「………」
「それは緑男の幼生だな、素晴らしいぞ杜山しえみ」
「…!」
『ニー!』
「こ…こんにち…あ!」

手の平サイズの緑色の悪魔はしえみの頭へと移動して擦り寄っている
あまりの可愛らしさに身悶えそうになったが、妙な視線を感じてそちらへと向き直る

「………?」

ネイガウスと目が合ったがすぐに視線は逸らされた
胸がざわつくが気にしすぎかと視線を緑男へと戻す
その際にしえみが嬉しそうに、しかし緊張しながら神木出雲へと語りかけた

「わ、わわ私も使い魔出せたよ!」
「ッ!……へえ〜、スッゴーイ、ビックリするくらい小ッさくてマメツブみたいでカワイ〜!」

その眼差しが冷たいなどとは露程も思わずに“すごい”“かわいい”といった単語にのみ反応し、赤面しながらお礼を言うのでそこは違うだろうと口を開きかけた瞬間、再び視線
ゆっくりとそちらに目を向ければやはりネイガウスがこちらを見ていた
一体何だと言うのだろうか

「あの…」
「どうしたヒルドール」
「え?」
「試さないのか?」
「………」

違和感を覚えた
何故、わざわざそんな事を聞くのか、ただ単にやってみろ、というのなら分かるが、その物言いはどこか違う
この男の視線はそんな生易しいものではない

しかしここで事を荒らげるのは得策ではない、そう自分に言い聞かせ、指先から血を垂らし、目を瞑った

「………」

どうせ、召喚などできるはずが…
そう思ったのと同時に、心の中に浮かんできた台詞

意に反して唇が言葉を紡いだ

「“暗闇を舞う、我が永遠の従者”」

信じられなかった
今まで無駄と知りつつ幾度となく試してきたが一度だって成功する事のなかった、召喚術が、まさか…!

「………嘘…」
「天鼠(スカイラット)か、マイナーな悪魔だが、召喚者を選ぶ悪魔としても有名だな」
「……あ」

手元を離れ、天井の隅に移動すると、動かずにジッとこちらを見つめてくる
聞こえてきた声に思わず頬が緩んだ

『主様』
「………アルカにしよう」

母国語で“友”という意味だと内心で教えると、伝わったのか小さく口を開き、ゆらゆらと揺らめいた

「今年は手騎士候補が豊作なようだな、悪魔を操って戦う手騎士は祓魔師の中でも数が少なく貴重な存在だ、まず悪魔は自分より弱い者には決して従わない、特に自信を失くした者には逆に襲いかかる…さっきも言ったが使い魔は魔法円が破綻すれば任を解かれ消えるので…もし危険を感じたら“紙”で呼んだ場合、紙を破くといいだろう」

そう言って魔法円の一部を靴底で消すと悪魔は弾けるようにして消えた
授業の終わりを告げる鐘がなり、ネイガウスは教室を後にする
次いでぞろぞろと生徒が出て行くが、神木出雲と朴朔子が出て行くと慌ててその後を追うしえみ
しかしクラリエの視線は教室の天井隅で未だにジッとしていて動かないコウモリに向いていた

何故メレスの自分が召喚術を行使できたのか、非常に疑問に思ったが、そんな事はどうでも良かった
初めて自分が“魔法”を使った、その事実がこの上なく嬉しかった

「暗い所が好きなの?」
『主様は平気か』
「大丈夫みたい……それじゃあ、またね」

そう言って紙を破くと先程の屍番犬のように弾けるようにして消えた






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