「夏休みまでそろそろ一ヶ月半切りましたが、夏休み前には今年度の候補生認定試験があります、候補生に上がるとより専門的な実戦訓練が待っている為、試験はそう容易くはありません…そこで、来週から一週間、試験の為の強化合宿を行います、合宿参加は強制ではありませんので、参加するかしないか…それから、取得希望“称号”をこの用紙に記入して月曜までに提出してください」

「ヒルドールさん、ちょっと」
「…はい」

それぞれが合宿参加用紙と向き合う中、クラリエは廊下へと呼び出された
何故自分がこのタイミングで呼ばれるのか、理由が思い当たらず不信げに顔をしかめるが、薄暗い廊下に佇む雪男の表情がどこか不愉快そうに歪んでいたので、ああメフィストに何か言われたのだろうと内心で呟いた

「フェレス卿から伺いました」
「(ほら)」
「木精を退治したと…」
「ええ」
「……今、正十字騎士團では早急に、即戦力を必要としています……青い夜はご存知ですよね？」
「聞いてはいるけど、聖職者が大量虐殺されたって…その程度で人員不足とは…騎士團の未来もそう長くはないわね」
「…あの地区の木精を退治したという貴方の噂を聞きつけた本部から要請があったんです」
「………」
「俄かには信じがたい話ですが……特例として、祓魔師認定試験に代わる称号取得試験を候補生認定試験と同時に行うそうです、称号を無事に取得できれば祓魔師として正式に登録されます」
「……メフィストは何て？」
「貴方の好きなようにさせる、と」
「………」

称号取得試験がどのようなものなのかは知らないが、雪男の表情からそれがどれだけ“特別”なものなのかは察しが付く
塾生はこれから候補生になろうというのに、自分一人だけ飛び級して祓魔師になるというのだから、顰蹙を買う事も覚悟しなければならないだろう…

しかし、分からない
メフィストは“奥村燐の懐柔”と“騎士團の仕事を手伝え”という二つの要求を出した
称号取得試験を受ける事には何の抵抗もないが、それをすると、奥村燐の件は難しくならないだろうか
対象との有効度を上げるのに最も有効な手段は“共生”だ
同じ歩調で歩む事で効果は抜群に跳ね上がる
まさか、奥村燐からの顰蹙は覚悟の上で、その状態で懐柔してみせろとでも言うのだろうか

「………メフィストが好きなようにさせるって言ったのよね？ならいいわ、受けても」
「…何か不安な事でも？」
「不安？そうね…強いて言うならメフィストの考えが読めない事くらいかしら…全く、振り回されるこっちの身にもなってほしいものだわ」
「フェレス卿の考えが読める人間なんてこの世にいないと思いますよ」
「違いないわ」

教室へと戻れば奥村燐は先程まで座っていた席とは別に、京都出身だという少年達の席にいた
さり気なくその近くの席に腰を下ろして、配られた候補生記入用紙を眺める

強化合宿に参加しますか、という項目に丸を付け、その下に並んだ称号とやらを順に目で追っていく

騎士、竜騎士、手騎士、詠唱騎士、医工騎士

「………」
「お、どこ行ってたんだよ」
「ちょっとね、それより、どれがどの称号なのか教えてくれない？」
「左上からナイト、ドラグーン、テイマー、アリア、ドクターやな」
「なるほど、ありがとう」
「俺に説明する時と感じが違ぇ…！」
「当たり前やろ！」
「ヒルドールさん外国の方やもんなあ、で、何にするか決まりました？」
「そうね…ナイトもいいけど、ドラグーンが一番いいかしら」
「二つ取ったらどないです？坊も竜騎士と詠唱騎士取るて言うてますし」
「そうなの？私は同時進行できる程器用じゃないから竜騎士だけにしておくわ」

竜騎士と書かれた場所に乱雑に丸を書き込み、席を立つ
用紙を手に、廊下に出るも流石に雪男の姿はなく、若干肩を落とすが、それならば、と扉に鍵を差し込む

扉を開けてそこにいたのは浴衣姿のメフィスト・フェレス

「雪男に聞いたわ、称号取得試験だか何だか知らないけど、私はそれを受けてもいいのよね？」
「ええ、一応でも祓魔師として登録されていれば何かと違いますからね……そうそう、奥村燐ですが、そちらも宜しくお願いしますよ」
「…無理難題をそう軽々しく…」
「何、難しい話ではありませんよ」

自信に満ち溢れたその顔が妙に気にかかるが、この男が大丈夫だと言うのだから、仮に失敗した場合その責任は自分には回ってこないだろう、そう考えると嫌々ながらも頷けた

「そこまで言うならやってみるわ」
「その意気ですよ」
「………メフィスト」
「何でしょう」

その微笑みの裏側に一体何を隠しているのか気になった

「何を考えてるの？」
「さて、何だと思いますか？」
「……次の授業が始まるから…戻るわ」
「はい」
「………」

本当に何を考えているのだろうか…