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     01

最後に見たのは、母親の“しまった”といった顔
それを視界に捉えた瞬間、自分の人生が終わった事を悟り数分前の愚行を罵った

きっかけはいつも母親

「新しい魔法を試したいから、実験台になりなさい」
「………」

何の前振りもなしに、いきなり部屋に入ってきたかと思えば、突飛で頓狂な母親の奇行など慣れたものだと言わんばかりに反応の鈍い娘の襟首をむんずと掴んで強制連行
連れてこられた部屋は、窓一つないどこまでも暗い部屋
四隅にぼんやりと光を発する蝋燭がなければ歩くことすら困難であろう部屋を母親は真っ直ぐに歩き、引きずっていたそれを部屋の中央に投げると家鴨のような声を上げてぐったりとした娘

のろのろと起き上がると見えたのは蝋燭の淡い光に照らされた母親の真剣な表情
足下には真っ白な何かで緻密に描かれた魔方陣

「今度は何を召喚するの?」
「悪魔」
「悪魔の召喚ならもう…」
「気が散るから黙ってなさい」

悪魔の召喚術なら世の中腐るほどあるだろうに、何故今になって“悪魔”を召喚したがるのだろうか、それも“娘”の目の前で、その“娘”を使って…
じとりと母親を見てみたところで答えなんか帰ってくるはずもない
小さく溜め息をこぼして辺りをキョロキョロと見回してみた

何も見えない
しかし明らかに何かが変わっていた

嗅いだことのない香り
感じたことのない空気

「………お母さん…何を…」
「異世界の悪魔を召喚するの」
「は?」

途端、母親の顔から余裕が消え、見るからに「しまった」といった顔に変わったものだから笑えない

目の前が一瞬白んだかと思えば、目の前に現れたのは、奇抜な格好でこれでもかという程に目を見開く男の姿

「………ん?」
「………」
「…………んん?」
「どちら様でしょう?」

こちらが聞きたい

とりあえず情報を求めて辺りを見回した所で分かった事は、明らかに先程までいた場所とは違う、という一点のみ

母親が言うには異世界の悪魔を呼び出そうとしていたらしいが、恐らく何かの手違いで自分が異世界に飛ばされてしまったのだろう
そんな危険な魔法を実の娘で試そうだなんてどんな母親だと憤慨してみても当の母親はいない

ふと目の前に立っていた男が腰を屈めて、まじまじと自分の顔を覗き込んできたので見つめ返せば、伸びてきた腕
徐に捕まれたのは顎
左右に僅かに動かされながらも視線は男から離さない
内心で不躾にも程があると思いつつ、されるがままにしていると、心底不思議そうに呟いた

「吸血鬼ですか…」
「………」
「…どうやってここに?」
「多分、お母さんの手違いで」
「原因ではなく方法を聞いてるんですよ」
「え?魔法で」
「………」

何故そんな初歩的な質問をするのだろうかと疑問に思うのと同時、男の目が僅かに細められる
不穏な空気に嫌な汗が出た

「……魔法、とは…あの?」
「…ええ」
「………」

ニヤリ、と緩やかな弧を描いた口元

「魔法やら魔女やら…そういった“オカルト”な単語は我々の前では控えた方が賢明ですよ」
「……何故…」
「分かりませんか?吸血鬼は“屍”と呼ばれるただの悪魔、それだけならまだしも魔法、魔女だなんて我々が悪魔の次に疎ましく思うもの…正十字騎士團はそういった組織ですよ?知りませんか?」
「………」

何故吸血鬼が悪魔に分類され、悪魔や魔法、魔女が疎まれるのか
そもそも、そういった組織だと言われた所で、正十字騎士團だなんて知らない、聞いた事もない
そろそろ本当にここが異世界なのだと、少なくとも自分の元いた世界とは別のどこかだと確信し、溜め息をついた

「どうしました?」
「…貴方はその…騎士團、とやらの関係者か何かなの?」
「ええ、一応」
「この世界では吸血鬼や悪魔は必要ではないの?」
「この世界?」
「だって、私の元いた世界では戦争の為に重宝されたわ」
「戦争…」
「知らない?」
「それは分かりますが、戦争に吸血鬼は必要ではないでしょう、それよりも先程から仰ってる意味が分からないのですが…何です?この世界とか元いた世界って」
「私にとってここは異世界、だと思う…お母さんは異世界の悪魔を召喚しようとしてたから、多分そう」
「………」

はあ?そう聞こえたかと思うと、今度は笑い声に変わった
苦しそうにお腹を抱えて笑う男を眺めながら、そんなに変な事だろうかと考える
確かに異世界だなんて、母親が言い出した時には頭でも打ったのかと心配になったりもしたが、今となっては冗談にもならない

「ははっ!はあー…」
「………」
「……貴方、お名前は?」
「クラリエ、クラリエ・ヒルドール」

宜しい!
そう叫ぶと男は立ち上がり、右手を差し出した
その手を見て、そろそろと手を伸ばす
男は人のいい笑みを浮かべながら呟いた

「お困りの事があったら私に何でも言ってください、可能な限りお手伝いしますよ」
「ありがとう」
「その代わり」

ピタリと右手が動きを止める

「貴方にも我々の仕事を手伝ってもらいます」
「仕事…」
「ええ、貴方の同胞を祓うお仕事です、悪魔祓い、と呼んでいますが」
「………」

つまり男はこう言いたいのだろう

所詮お前もこちらの世界ではただの悪魔、下手な真似はせず、大人しくしていろ

そう思うと、頬が緩んだ

差し出された右手を今度こそ掴み、立ち上がる

「なかなか腹黒そうよね、貴方」
「光栄です」
「まあ、悪くない条件だわ」

肩を竦めつつそう言うと、男は返事の代わりに再び含みのある笑みを浮かべた
不安がないと言えば嘘になるが、それよりも期待の方が上回っていたものだから手に負えない






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