現と機械と和と
[二人]
華やかな大通りから横道に入ると、そこは一変してコンクリート一色でひとけの無い路地裏になる。
しかし、その奥には、車が通るのがやっとの道とは違い、広い空き地のような場所がある。
コンクリートの壁に囲まれているが、唯一その空き地に向かって建てられている家がある。
家というよりも倉庫の方が近い。
高さはあるが一階建てのようで、何かの金属なのか、コンクリートなのか、くすんだ灰色の壁で固められた箱のようである。
同じ灰色だが、周りとは異なる雰囲気をもっていた。
男は、籠と、菓子が入っている袋を両手に抱え、この灰色の家のドアを開けて入っていった。
中は広く、ソファーが置いてあり、正面には大きなコンピュータが設置されてある。
無機質すぎる部屋だが、なぜか、大きいコンピュータの隣にそれとは似合わない小さな冷蔵庫がある。その奥にも部屋があるようだ。
「帰ったぜぇ、朝朱・・・ぐぇ」
突然頭の上から衝撃を受けた。
その頭の上には、良く言えば髪が短く、悪く言えばおかっぱに近い髪をして、12歳くらいに見える少女が立っていた。
人の頭の上で器用に立っている少女のバランスには驚かされるが、頭に子供一人乗っても倒れることなく、前かがみになって耐えているこの男も驚かされる。
「おかえり、ティナ。帰ってきたら、ただいまと言え」
「・・・おい」
この男―ティナの呼びかけを無視して、朝朱と呼ばれた少女は、猫らしき動物をいつの間にか抱き上げていて、確認をしていた。
「この子が依頼されていたキメラか、確かに宝石入りの赤い首輪だな。・・・お、ちゃんと日和屋の和菓子を買ってきてくれたんだな。ありがとう」
本当に感謝をしているのかと思うぐらい淡々としゃべっている朝朱にティナは『怒り心頭』したらしく、思い切り体を反らした。
「・・・さっさと頭から降りろ!それからティナじゃなくてエルヴェって呼べ!!」
それにも関わらず、朝朱はキメラと菓子箱を抱えて軽がる床に着地した。そして何事も無かったかのように、「おっと、ごめん」と感情のこもっていない謝罪の言葉を送った。
そんな事はいつもの事で、ティナは怒りを追いやるついでに朝朱に尋ねた。
「んで、そいつはこの後どうするんだ」
朝朱はキメラを籠に戻しながら言った。
「この子か?この子は依頼主がここから5キロ先の邸宅に住んでいるんだ。そこへ、今日の夜、送り届けなければならん」
「5キロ先?そんなに近いならここまで来たらいいじゃねぇか」
「君はバカか。キメラをペットにするような奴は、汚い金を使っている裕福な奴でなければ無理だろ。実際、依頼主は汚い金を使っている政治家の妻だ」
朝朱はさっきよりも淡々と、そして腹の奥底の何かを必死にこらえるように言葉を続けた。
「パパラッチに会いたくないのだろう。こんな小さくてぼろい、尚且つ、腕の立つ『何でも屋』に頼んだのだからな」
ティナは何も言わず、朝朱をじっと見ていた。それに気が付いた朝朱は自分がつくってしまったこの空気に、内心、少し戸惑った。
「まぁ、この依頼について口外しないための口止め料も貰った。最後までやりきれなければここの評判も落ちるし、頑張れよ」
「わかったよ。お前が指示して、俺が動く。これが一番効率がいいからな。」
少し間を置いてティナが尋ねた。
「・・・お前、『汚い金』だって分かっていたのに、よく受け取ったな。嫌なんだろ?」
「今更なんだ?生きていくためだから、背に腹はかえられん。・・・それに過去ばかり考えていては何も出来ないだろ」
朝朱は菓子箱を冷蔵庫の中に入れながら答えた。
「・・・朝あ・・・」
バタンッ、と、ティナの言葉をさえぎるように冷蔵庫のふたを閉めた。
「午前の仕事は終わりだ。午後5時まで仕事は入っていないから自由にしろ」
朝朱は奥にある自分の部屋へと歩いた。
「・・・朝朱、また留守番するのか?」
少し考える風に立ち止まった。
「・・・いいや、今日は少し散歩をしようと思う。私がいない間は機械たちに店を任せるつもりだ。誰か来たら知らせるようにするからイヤホンを忘れるなよ」
「わかったよ。あ、昼飯食ったか?」
「ああ。そこの冷蔵庫の栄養補助食という名のクッキ
ーを」
ティナはそれを聞くと呆れた顔をつくった。
「またそれだけかよっ!しょーがねぇなぁ、俺がなんか作ってやるからまだ出掛けんじゃねぇぞ」
そして台所に向かっていった。
「・・・・。あれだけでも十分体を維持できるのだが」
朝朱の言葉は、意気込む今のティナの前ではただの呟きとなってしまった。
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