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線をはさむ二人
<幼少期>U



ぼくは夢を見た。


上も下も真っ赤な世界に、お兄ちゃんと手をつないで歩いていた。でもお兄ちゃんはいきなり立ち止まった。
そしたら地面が大きくうねった。
ぼくはお兄ちゃんに必死にしがみつこうとした。でも地面がお兄ちゃんを飲み込んだ。お兄ちゃんだけを。つないでた手が外れた。お兄ちゃんは飲み込まれながら流されて、見えなくなっていった。
地面のうねりがなくなった。
ぼくは動けなかった。僕はただただ広くて赤い世界に残された。耳の近くで何かが聞こえる。


「 さよなら 」


お兄ちゃんの声だ。


そうか

ぼくは本当に一人になっちゃったんだね。




ぼくはまぶたを開けた。
窓から朝日が差し込んでいてまぶしかった。
しんと静まり返ってて、鳥の声も聴こえない。まだ朝になったばかりみたいだ。
隣のベッドに目を向けた。でもそこにはお兄ちゃんは寝てなかった。
何か違和感を感じた。
体を起こして他のベッドを見たら、幼い子が一人だけ寝ていて、残りの2人はいなかった。いなくなった子たちの持ち物も全て無くなっていた。
こんなに早くどこかに行くことなんてない。もし出かけるとしても先生が許さない。

物音一つ無いのが怖くて、そわそわして、いやな感じがしたから部屋から出ていつもみんなが集まる広い部屋に走っていった。見回しても誰もいなかった。
少ししか走ってないのに息するのが辛くて、足が床についてないみたいに思えた。体に力が入らない。

お兄ちゃんはどこ?

他のみんなもなんでいないの?

どこ?

お兄ちゃんは――



「…木。いつもの木。」

誰もいない部屋でつぶやいた。
ぼくの声はすぐに部屋の静けさに飲みこまれた。


―お兄ちゃんはいつもあの木にいる―

―だからきっと、今だってあの木の枝で寝てるんだ―


急いで外に出てあの木へ向かって走った。今にも転びそうだった。
朝の空気は少し冷たくて顔が冷めていった。芝生は朝露にぬれてきらきら光っていた。でも今はきれいに思えない。

丘のいつもの木のところに人影が並んでた。
近づいてくと、それは先生といなくなった子たちだとわかった。

そして、


木をまたいで線が引かれていた。

真っ赤な線が。

きのうの夕日のような色の線が。

左右にまっすぐ。

どこまでも。


その線をはさんで、2人の先生と数人の子たちが向こう側に、こちら側にはぼくが嫌いな怖い先生と年の大きい子が3人、向かい合って並んでいた。

向こう側にお兄ちゃんがいた。

そちらはお願いしますね、と向こう側の先生が怖い先生に言っていた。

お兄ちゃんは下を向いていたけど、ぼくに気付いて顔を上げた。

わかりました、と怖い先生は言って向こう側の子たちにお別れを言っていた。

何が起こっているのかお兄ちゃんに聞きたいのに声が出せない。

先生たちは横に並んでいる子たちを連れてお互いに反対の方向へ歩いていった。

お兄ちゃんと僕だけがそこに立っていた。
線をはさんで向かい合って。

「…お、にい、ちゃん」

声がかすれて出てくる。
お兄ちゃんは昨日の笑顔を忘れちゃったみたいに冷たい目をしている。

「この、線は、なに?」

こんな線なんて簡単に越えられるのに超えてはいけないみたいにそこに、ある。

「…この線は世界を二つに分ける線だよ。」

「……ぼくたちは、どうなるの?」

お兄ちゃんは線を見下ろして淡々と言った。

「一緒に暮らせなくなる。でもいつだって会えるよ。この線をはさんでならね。」

「…なんで、なんで?線?ぼくたちずっといっしょだったのに。楽しかったのに。きのうだっていっしょに、約束だって、」

ぼくの頭は真っ白だった。でも目のうしろで赤い色がちかちか光っていた。

「うん。でも俺たちは一緒にいれないんだ。君は人間で俺は化け物だから。」

「ばけもの?お兄ちゃんは人だよ。」

「うん。でも俺は化け物なんだ。」

「ぼくたちは兄弟だよ?同じじゃないの?ぼくたちは」

「それでも駄目なんだ。」

お兄ちゃんはぼくの声をさえぎるように大きな声を出した。ぼくの頭には、もう、赤色とお兄ちゃんの声しかなかった。

「ごめんね。今日は帰るよ。」

「……」

「さよなら」

初めてそんな言葉を聞いた。


違う。

夢で聞いた。

今見ているのも夢の続きなのかな。


お兄ちゃんはぼくに背を向けて歩いていった。
ぼくはその背中を見えなくなるまで見ていた。


もしかしたら、この木の、今までの楽しかった日々の方が夢だったのかな。


青い空が灰色に変わっていく。
お日様がかくれて、ぼくも木も芝生も灰色になっていった。
でも目の前にあるこの線だけは真っ赤に染まっていた。




それがいやに目にこびりついている。
あれから10年くらいは経った。
今ではあの木もなくなって、廃屋と化した建物と沢山の鉄くずがある。

そして、あの頃から変わることなく赤い線が僕らの間に引かれてる。

隣で兄さんが本を読んでいる。
木の枝の上で、ではないけれどあの頃と同じ場所で。

「どうしたんだい?」

僕がずっと虚空を見ている事を心配したらしい。
でも冷たい目のままだ。

「…ただ、子供の頃の事を思い出してただけ。」

「そう」

そう言って、また兄さんは本を読み始めた。

僕にとってはあれ以来時間が止まってしまった気がする。

周りは変わってしまったけど、灰色の空と赤い線は変わらないから。



いつ消えるのか分からない赤い線。

いつかは消えるのだろうか?

僕の時間も進むのだろうか?

本当に兄さんに会えることができるのだろうか?



いつかは―――





2009.2.9(Mon)

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