線をはさむ二人
<幼少期>T
いつも一緒にいた。
いつまでも一緒にいられると思ってた。
ぼくとお兄ちゃんはお父さんとお母さんから捨てられた。
ぼくはわからなかった。何かも。だから泣いていた。
でもお兄ちゃんはぼくの頭をなでて、大丈夫だよって言った。そして手をつないで、ぼくらは真っ暗な道路を歩いていった。
ぼくらは孤児院に引き取られた。街から少し離れたところで、周りは芝生ばかりだった。そこの人たちは優しい人もいたけど、ぼくたちを嫌う怖い人もいた。
その孤児院の近くに小高い丘がある。お兄ちゃんはそこに一本だけ生えている背の低い木によく登って寝ていた。ぼくは怖い人から逃げるためにその木のところへ行った。お兄ちゃんと一緒にいれば何も怖くなかった。
そうして2年が経とうとしていた。
「お兄ちゃん、また木の上?ぼくも登りたい。」
いつものようにお兄ちゃんは木の上にいた。
「駄目だよ。この枝に二人は乗れない。それにこの前、登ろうとして怪我しただろう。もうすぐ日も落ちるから登ってもすぐ帰ることになるよ。」
夕暮れでこの丘も周りの芝生も、気付いたらぼくらも真っ赤になっていた。まるでぼくらが油絵の中にいるみたいで、夕日は赤の絵の具で描かれているみたいだった。
ぼくはじっとそれを見た。
とても綺麗なのに、なぜか怖かった。
「…お兄ちゃん、なにか怖いよ。食べられちゃいそうだよ。」
「そうだね。俺達の夕食も食べられないうちに帰ろうか。」
「うん。」
ぼくらはこの真っ赤になった世界から逃げるみたいに走って帰った。
ここにいるより怖い人がいる孤児院のほうが安全な気がしたから。
夕ご飯を食べ終わって、ぼくは先に食べ終わったお兄ちゃんのところに行った。お兄ちゃんは自分のベッドの上で本を読んでいた。
この孤児院では5人で一つの部屋に寝る。この部屋には年の近い子もいたけど話す事は無かった。怖い人が、ある先生がぼくらを嫌っていたから周りの子たちも話そうとしなかった。
「お兄ちゃんは本を読むのが好きなんだね。」
ぼくはお兄ちゃんのベッドに座った。お兄ちゃんはぼくがベッドに座って、やっと気付いたみたいだった。
「何の本を読んでるの?」
「ある少年が悪い魔女によって地下世界に落とされて冒険する物語。」
いつもは難しい本ばっかり読んでいるから、物語を読むのはすごくめずらしかった。
「怖い本?」
「始めは怖いけど、少年が冒険している時は面白いよ。でもお前が読むには少し難しいかもしれない。」
「う〜ん…。そういえば、お兄ちゃんは何でいつも本を読んでいるの?」
お兄ちゃんはどこでも本を読んでいる気がする。でも一度も聞いたことがなかった。
僕の質問に、お兄ちゃんは本から目をはずして、ゆっくりと答えた。
「本を読んでいるとね、その中に入っていってしまう感じがするんだ。飲み込まれて、沈んでいって…嫌な事は考えなくて済むんだよ。それに俺の知らない知識もくれるし、知らない世界も見せてくれるからね。」
お兄ちゃんの話はむずかしく思えた。
「お前も読んでみると分かるよ。」
ぼくは頭をなでられた。お兄ちゃんはぼくを少しだけ子ども扱いしすぎていると思った。
「ぼくだっていつか難しい本だって読めるようになるよ!」
お兄ちゃんが笑いながら、また頭をなでた。
笑った顔を久しぶりに見た気がする。
すると、ドアから先生が顔を出して、もう寝るしたくをしなさい、と部屋のみんなに言った。
「さあ、本を読むのはおしまい。寝ようか。」
「うん。」
ぼくは自分のベッドに移って、その中にもぐりこんだ。お兄ちゃんも本を枕の横に置いて横になった。
しばらくすると、部屋が暗くなった。
「お兄ちゃん。」
「何?」
「明日は、ぼくらがここに来て2年になる日なんだよ。」
「そうか…。じゃあ、二人だけでお祝いをしようか。」
「うん…。おやすみなさい。」
「おやすみなさい。」
ぼくは目を閉じた。
真っ暗なはずなのに真っ赤な色が見える気がする。
今日の夕日は怖かった。
わからないけど怖かった。
ぼくの目にあの赤色がこびりついたみたいで、なかなか寝付けない。
でも、今日はお兄ちゃんの笑った顔を久しぶりに見れた。
だから、きっと明日は良い日になるんだ。
お兄ちゃんといっしょにお祝いをするんだ。
絶対に。
2009.2.8(Sun)
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