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うみねこ二次(短編)
(朱志)Panchi of bond
「お嬢様、次はどこへ行くのですか?」
「え!?あ、えーと…あ、あっちの書道展とかどうかな…?」
「書道展…ですか。日本人であるからこそたしなみを、容姿や名前に惑わされずしっかりと己を磨かれるとは、流石お嬢様です」
「ま、まぁね!あは、あははは…」
右手を見れば友人達がお化け屋敷やコスプレ喫茶の宣伝をしている。しかし行けない。
私のお昼はホットドッグにコーラ…のはず。しかし飲めない。
今向かってるのは廊下の隅にある書道室。手にあるのは食べなれないシャケ握りと飲みなれないペットボトルの紅茶。
ふえーん、なんでこんなことになってるんだよー!

遡ること数時間前。年に一度、学校で最大のイベント学園祭。我が軽音部の収穫もまずまずで、私的には満足してた…だけど。
「お嬢様、お見事な演奏でした」
「ありがとう!嘉音君は楽しんでくれた?」
「いえ…僕はああいう…その、テンポの早い曲はわからないので。ですが皆さんとても笑顔でしたよ」
「…………」
今回、私のメインの客であるはずの嘉音君には、不評であった。その場ではきっと本当に苦手なジャンルの曲だったから、と思っただけなんだが。
「あの子本当はあんたが苦手なんじゃない?」
「…………え?」
それは、私にはまったくの想定外な言葉であった。嘉音君が、私を、苦手?
いやいやそんなまさか、だって今日だって一緒に…
「だってあの子さ、あんたが感想聞きに行ったら戸惑ってたじゃん。上手く誤魔化してるつもりかもしれないけど、よそよそしさ全開だったよ?」
確かに、今日私との会話中妙に歯切れが悪かった。
けれどもそれは曲の感想が言えなかっただけで、普段は普通に話せているのだ。今更そんな風になるとは思えない。
「もしかしたら…今日のあんたのはっちゃけてるの見て、引いたのかも」
「!?」
「あの子大人しそうな感じだし、五月蝿いのとか苦手そうじゃない?それであんた、今日は特にテンション高いまんま話しかけていったから」
あり得ない、とは言いきれない内容であった。確かに嘉音君は固い子で、今日この場に連れてくるのだって一苦労だったのだ。それに、そういえば…
『僕、あまり賑やかな場所は得意ではないので』
「…あ」
そんなことを言って嘉音君は最初に断っていた。
それなのに私は、どうしてもライブを見せたくて…無理に…
「とにかく、あんた少し大人しくしておきなさい。悪いこと言わないから、嘉音君だっけ?あの子の前ではおしとやかにしておくこと」
その時私は、頷くことしか出来なかった。
「お嬢様、もうよろしいのですか?」
「う、うん」
控え室を出た正面の廊下で、嘉音君は待っていてくれた。
先ほどの会話があったせいか、嘉音君の表情は、どこか疲れ気味にも感じた。
「お嬢様はこれからどうされるのですか?」
そんな私の思考など気にせず、私に聞いてくる。あくまでも私に合わせようとしてくれているのがわかる。
時刻はまだ午前、学園祭の熱はまだまだ収まらないで校内中が喧騒に包まれている。
どちらにせよ生徒である私は帰れないし、嘉音君のことを考えれば嘉音君だけでも先に帰ってもらうという選択肢もあった。
しかし、それが出来るならば、初めからここに嘉音君など、いないのだろう。
「ごめん、もうちょい遊びたいから付き合ってくれる?」
もしかしたら断られるかも、そんな些末な不安を抱きながらも言ってみる。
嘉音君は目を閉じ、僅かに思考を巡らせた後に、いつもよりも優しい瞳で頷いてくれた。

「そして、それから今に至るまでの間が、実に過酷でした…」
「なんですかお嬢様?」
「い、いや!なんでもないよ!…はぁ」
私は今までの自分の行動を振り返り、後悔をする。
まず最初に向かったのは食品売り場の階だ。どのクラスもこぞってカレーやらお好み焼きやらを宣伝していて鼻には出来立ての料理の良い香りが刺激する。
「お嬢様はいったい何を食べられるのですか?」
周りを見回し店をチェックしながらも私の意見を取ってくれる…流石は嘉音君だ。私の食べたいものは、先ほどから既に決まっている。
「じゃあねじゃあね!まずはお好みや…」
「…お好み焼きですか?」
お好み焼き、と言うはずであった私の口は最後まで言うことなく、代わりに嘉音君が代弁してくれた。
この時、私の中にはついさっきの友人の言葉が繰り返された。出来るだけ大人しく、パックで包まれたお好み焼きなんかを自分から食べるような女の子ではいけないのだ。
僅かな思考の後に私は首を横に振ると愛想笑いを浮かべる。
「か、嘉音君と同じものでいいよ!?」
「…そうですか、わかりました。では」
とっさに代わりの料理が思い付かなかったが、これならば無難な回答のはず。
いったい嘉音君は何を選ぶだろうと、嘉音君が指差した先を見てみれば…そこはあまり人気の無い…
「…こ、コンビニ?」
「はい、ここならば僕の好きなものもあるはずと、お屋敷でパンフレットを見ながら熊沢さんが教えてくれました」
嘉音君はいったいコンビニで何が欲しいのか、疑問ではあるが興味も沸きついていってみれば。
「お会計、二百円になりまーす!」
なんてことはない、鮭握りとお茶であった。
ふつーーー!?っと内心は叫ぶが、それでもこれを選んだ以上は私も同じもので我慢するしかない。
「お嬢様は最近は辛口の物に興味がおありだとか、それでしたらこちらの辛子明太子味などよろしいかと」
「…ありがと」
嘉音君が選んでくれたというのに若干の喜びを感じながらも、私は納得がまだいかないまましぶしぶお握りとミルクティーを買った。
本当なら炭酸が良いが、家では母さんに禁止されている。嘉音君の前では無理だろうという判断からのミルクティーだ。
そして、では食べ物も用意してどこに行くかと話しになったのがついさっき。そこでつい口走った行き先が書道展とは…また変なことをしてしまった。
「……はぁ」
この不自然な状況に思わず何度目かのため息をこぼしているとだ。
不意に、嘉音君が心配気な瞳でこちらを見てきた。いきなり何かと思ったが、同時に若干の涙目で子犬を連想させるその瞳に思わずドキリとした。
「やはり、僕と一緒など面白くはないでしょうか?」
「え?」
「お嬢様は先ほどからため息ばかりです。演奏をされている間は楽しげでしたのに、僕と行動を共にするようになってからはまるで別人です。ですから、やはり僕と一緒では…」
しまった、さっきから私は嘉音君から見える私を偽ることばかりで本来の目的を見失っていた。
本当は嘉音君と一緒に、この学園祭を楽しむ事が目的だったのだ。
それを失念し自己中なことでばかり悩んでいた私を、嘉音君は心配してくれたのだ。
「僕は、この場には似合わない存在です。お嬢様、後はお一人で楽しんでください。僕は」
「嘉音君!!」
この場を去ろうと背を向けた嘉音君に私はつい叫んだ。
嘉音君は、驚いた表情でこちらを向く。
「ごめん、嘉音君。別に嘉音君のせいなんかじゃない。私は、嘉音君と一緒にいられる今が、凄く楽しいの」
だけど…
「だけど私は…嘉音君の方が楽しくないんじゃないかって勝手に思い込んで…せめて嘉音君が過ごしやすいようにおしとやかな私を演じようとしてたの。だから」
「お嬢様」
いつしか視界の一部が歪んでる。目尻に涙が溜まっているのが分かる。
けれどそれでも私は呼ばれて、嘉音君へと顔を上げる。
「僕は確かにこのような賑やかな場は苦手です。先ほどのお嬢様とも話を合わすのは少し苦労しました…けど」
嘉音君は一歩、歩み寄ると私の両手を持つ。
「お嬢様が奏でる音楽は素晴らしく、そして」
私の瞳を正面から見据えた嘉音君は少しだけ口元を揺るめて、微笑んだ。
「僕はそんな明るいお嬢様こそが、好きです」
「…………!?」
瞬間、私も嘉音君も同時に耳まで真っ赤になった。
「あ、いやその…!?すみません出すぎたことを言いました…」
「か、か、かのん君?…好きって!?」
「…………」
顔を赤くしたまま今度はまったく視線を合わせてくれなくなった。
どちらかが何かを話すきっかけが掴めぬままに沈黙が流れていたその時。奥から激しい音と悲鳴が聞こえてきた。
「あの方向は…書道室?」
見れば扉からは何枚かの半紙や掛け軸が飛び出してきた。
そして奥からは男の怒鳴り声、私には聞き覚えのある声だ。
「喧嘩でしょうか?」
「いや、運動部の馬鹿共だぜ。あれが毎年問題を起こすのは恒例行事だ」
私は自分の掌に拳を当てると書道室へと歩きだす。
「行くのですか…!?」
「馬鹿が暴れてるのを私が止めないわけにはいかないさ。嘉音君はちょっと待ってて、すぐ戻ってくるから」
言い残すと私は書道室に飛び込む、中に何人いようが構わない。大声で啖呵を切ってやる。
「お前達!暴れんのはその辺にしとけよ!さもないとこの私があんたらをぶっ飛ばす!!」
瞬間数人の視線が一斉にじろりとこちらを睨み付ける。
なるほど相変わらず見たことある顔ばかり、問題児が一同揃っている。
「正義面が好きだなぁ右代宮」
「そんなに俺らが気に入らねえのか?」
「可愛い顔でそんなこと言っちゃ駄目ですよ…ぐぶぁ!?」
口々に何かほざいてる。喧しいから一匹殴って黙らせた。
「うぜーぜ。お前らが言って聞く奴等とは思ってない。まとめてかかってきな」
私は両の拳を握り構える。ここまで来たからには戻れないが、正直な話この数は想定外だった。ざっと八人はいる。
私は大きく息を吸い、次の瞬間体を屈め前へ踏み出す。
「はやっ!?」
「遅いぜ!」
その勢いを殺さずに拳を振り上げると正確に男の顎を打ち抜く。そして浮いた胴体にそのまま回し蹴りを叩き込む。
男の体は僅かに飛び、倒れる。まずは一人だ。
「どうしたんだよ。他も来いよ、舐めてたら舜殺しちまうぜ?」
「う、右代宮ぁぁ!!」
今度は二人が向かってくる。だが先の一人の舜殺っぷりに腰が引けてる。
「そんなんじゃ私は、墜ちない!」
一人に当て身を食らわし背を向けた形で男に密着させると、背の違いから丁度鳩尾の部分に肘が叩き込む。
怯む体の右腕を掴むと、腰を使い持ち上げる。通称一本背負い。
「だぁっ!!」
投げ飛ばす先はもう一人の男、身をよじって回避するがその横顎へと拳を叩き込む。これで三人。
だがそこで勢いが途切れた。拳を振り抜いた次の瞬間、後ろから声が聞こえる。
「しまった!!」
視線の先で書道実の調度品である壺をこちらに投げようと持っているのがいた。
向こうは投げる寸前、回避が間に合わない。やむなく両手で防ごうと構えた時、視線の端が捉えた。小さな素早く動く影を。
「嘉音君!?」
嘉音君は男の脇腹へと力一杯体当たりする。
「な、このガキ!?」
突然の衝撃に男はよろめくが直ぐに立て直し嘉音君へと迫る。だがその隙を私は見逃さない。
「私の嘉音君に、手ぇ出すなぁぁ!!」
壺はこちらの側にも置いてあった。走って間に合わないならばと私もそれを投げた。クリティカルヒットで四人目だ。
「お嬢様!」
嘉音君が私へと走ってくる。
「待っててって言ったのに」
「お嬢様だけを危険な目には会わせられません」
言って嘉音君は残る四人に目を向ける。
「お前達!ここから先お嬢様に指一本でも触れてみろ!僕が全員叩きのめすぞ!」
さっきの私と似たような啖呵を切る。きっと考えてることは一緒なんだと思いつい笑みが零れた。
ふと、視線を落とすと嘉音君と目があった。
だから私は、自分の両腕を構えると嘉音君に拳を突き出す。
嘉音君も同じタイミングで拳を突き出し、お互いの拳をぶつけた。
「お嬢様」
「うん!私達の絆を、この拳で見せてやるぜ!」

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