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02

名前は不意に意識を取り戻した。

彼女は自分の状況が理解出来ず身体を起こそうと試みる。

「痛ッ!」

うつ伏せに寝ていたらしい彼女は両手を使って身体を起こそうとした途端、背中からの強烈な痛みで倒れ込んだ。

背中がひりひりと痛みドクドクと心臓が嫌な音を立てる。




彼女の瞳から一筋の涙が流れ落ちた。

背中の痛みの為だと彼女は自分の心に嘘をつく。

そう、背中が痛いのだ。強烈に痛いのだ。

決して胸の痛みじゃない。



「うっ…ふ…えっぇ」

嗚咽が止まらず彼女は両手でシーツを握りしめた。



分かってる。分かってるのだ。

骸は名前を見捨てた訳じゃない。

あの場合は仕方なかった。

今の状況で分かるように名前は殺されることがない。

少なくともしばらくは。



けれどクロームはその場で殺されていた可能性が高い。

そして白蘭が来ていたとなるなら骸でも早く避難しなければ全員が共倒れたかもしれないのだ。

だから彼の行動は正しい。正しい……分かってる。

なのに頭で分かっていても気持ちがついていかない。

あの時に聞いたクロームを呼ぶ声が耳から離れない。





トントンとドアがノックされてガチャリと開いた。

名前は慌ててシーツで顔を隠す。

今の自分の顔を見られたくなかったし、此処は敵陣地なのだ。

「まだ意識が戻らないのかな」

聞こえたのは名前も知ってる声。

本当に心配そうな声で名前を気遣うのは入江正一だ。

彼は医師と一緒に来ていたらしく彼らに名前を見るよう指示をする。

看護師が名前の傍に寄ると一瞬足を止め、困惑気に入江を見た。

不思議に思った入江は寝ているはずの名前を伺うように見れば、隠しているつもりか頭から被ったシーツが湿っていた。

良く見れば微かに震えているようだ。

寝た振りに気付いた入江は、取り敢えず名前の手当てを頼むと部屋を出ていった。



















「白蘭さん」

入江はその足で白蘭のいる部屋に歩を進めた。

彼はアネモネの咲く部屋でマシュマロを持って本を読んでいた。

「どうしたの、正チャン。名前チャン目が覚めたとか?」

菫色の三白眼が正一を見る。

彼はその視線を受けとめきれず下を向いた。

「なんか変だね。……名前チャン泣いてたからかな?」

「白蘭さん、知って?」

「想像つくでショ。自分の恋人が自分を置いて人形持って逃げちゃったんだし。部下の話じゃ人形を呼んでたってことだし、彼女健気だからちゃんと人形逃がしてあげたみたいだしね」

白蘭はクロームを『人形』と呼ぶ。

骸の媒体でしかない彼女に興味はなかった。

マシュマロをふにふにとしながら白蘭は愉し気に笑った。

「骸クン、随分自分に自信があるんだね。彼女をボクの傍に置いていっても大丈夫っていう絶対の自信。じゃなきゃ置いていかないよね」

くすくすと笑う白蘭は本当に愉しそうだ。

「けどさ、骸クンのその自信も今回限りだよ。彼は見誤ったんだ。人の気持ちを」

ぽいとマシュマロを口に含むと彼は席を立った。

「さて、悲しみにくれるお姫さまに会いにいこうかな」

口に含んだマシュマロは、いつも以上に甘美な味がした。






白蘭が彼女の部屋についた時、ちょうど処置の終わった医師たちが部屋を出るところだった。

「どう?彼女」

白蘭が問えば医師は「精神的に不安定のようです」と答える。

「そう……。背中の傷は?まさか残ったりしないよね?」

にこりと笑う白蘭の雰囲気に医師たちはびくりと震える。

「だ、大丈夫だと思います。我々も全力で傷が残らないようにしますので……」

「うん、宜しくね。彼女、ボクの婚約者だしオンナノコに傷なんて付いたら可哀想だしね」

猫の目のように笑う白蘭は、そのまま手を振り彼女のいる部屋に入っていった。


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あきゅろす。
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