ふたりの時間/3 *
僕をじっと見つめ、さりげなく眼鏡を外した藤堂の指先を見ていたら、ふっと目の前の口角が持ち上がった。それに気がつき慌てて視線を上へ向ければ、目が合う前に唇を塞がれてしまう。
「ぅんっ……」
構える間もなく深い口付けで攻められると、残念なくらい僕に抵抗の余地はなく、ゆるゆると力が抜けていく自分の身体が情けない。
「やめるなら今ですよ」
「やだ」
ぎゅっと藤堂の首筋に抱きつくが、真っ直ぐとこちらを見る目に捕まれば、再びすぐその力は抜けてしまう。どこかまだ躊躇いがある自分を、見透かされているのがひどく恥ずかしくて、更に濡れた口元を優しく拭われれば肩が震えた。
「可愛い」
至極優しく微笑む藤堂の指先は、戸惑う僕をよそにTシャツを捲り上げると、緊張で強張った肌をなぞるかのようにして這う。ほんの少し自分より体温が低い藤堂の手はひんやりとしていて、直に触れられるだけで身体が無意識に跳ねる。
「あっ……んっ」
真っ平らな胸の先をふいに生温い感触が過ぎり、心臓が忙しなく動きだす。身を捩れば、空いた片方を指先で摘み押し潰された。
「んっ」
胸を這う唇と舌の感触が、むず痒いようなくすぐったいような感覚で言葉にならない。
「藤堂、待った。待って」
たまらず藤堂の腕から逃げ出し枕に顔を埋めたが、こちらを覗き込む視線はやんわりと細められ、逃げた分だけ背後から引き戻されてしまう。
「嫌ですか?」
「違う、けど……んっ」
すっかり背中を取られ、無防備に晒されたうなじにチクリとした痛みが過ぎる。再び胸の先を摘まれ、思わずぎゅっと目を瞑ってしまった。
「弱いとこ多いですね」
「やっ……耳、触んな」
首筋からゆるりと移動した藤堂の唇が、ふいに耳たぶをはみ思いっきり身体が跳ねた。それと共に楽しげな藤堂の笑い声が背後から聞こえ、顔どころか身体中が熱い。
「佐樹さん、腕上げて」
「こっちばっか……ず、るい」
羞恥で身悶えている隙に、藤堂は器用に僕の身ぐるみをはぎ取っていく。しかし文句を言っているそばから背中にキスされて、変な声をあげそうになってしまった。
「佐樹さん、可愛い」
薄っぺらくて、ちっとも触り心地がよくなさそうな僕の身体を、見ているのが恥ずかしくなるくらい愛おしげに触れ、口付ける藤堂に頭がくらりとする。
「なぁ、藤堂も脱いで」
裸に剥かれた自分とは異なり、全く着衣の乱れがない藤堂の涼しい顔が、ちょっとだけ腹立たしい。けれど恨めしげに振り向けば、藤堂は不思議そうに小さく首を傾げて僕を見下ろす。
「こっちは心臓が口から出そうなのに、その余裕っぷりがムカつく」
「俺はそんなに余裕そうに見えますか?」
「……な、なんだよっ」
苦笑いを浮かべた藤堂に、容易く身体をひっくり返されて、咄嗟に身を縮めるが、両手首を掴まれ下半身を抑え込むよう跨られてしまうと、身動きがとれない。
身構えながら訝しく目の前の顔を見つめれば、藤堂はおもむろにTシャツを脱ぎ捨て、僕の片手を持ち上げた。
「全然余裕じゃないですよ。佐樹さんにこうして触れてるだけでも、どうにかなりそう」
「……あ」
左胸で脈打つ藤堂の心臓が、びっくりするほど早くて、冷静な表情の裏側が見えたみたいで、自分の胸もぎゅっとなった。
そういえば、藤堂はこういう男だった。仮面を被るのが上手過ぎていつも騙されてしまう。
「緊張してるのか?」
「してますよ」
「もっと触りたいって思う?」
「貴方のすべてが欲しいです」
そう言ってふわりと笑い、恭しく持ち上げた僕の指先に優しい口付けをされたら、本当にもう心臓が止まりそうになった。そして本当に自分はこの男が好きなのだと改めて実感する。
「全部、お前にやるから。ちゃんと優しくしろよ」
恥ずかしさを押し隠すように、腕を伸ばして強く抱きしめれば、それに応えるよう藤堂の腕が僕の背中をきつく抱き寄せてくれた。
「努力します」
「うん」
優し過ぎて愛おし過ぎるこの恋人に、自分のすべてを本当にあげることが出来たら、もっと気持ちが伝わるだろうか。
「……無理に我慢はしないでくださいね。俺は佐樹さんを抱きしめられるだけでも、本当に幸せだから」
そっと額を合わせ微笑んだ藤堂から、優しさがじんわりと染み渡ってきた。でもそれが嬉しく思うのに、自分が藤堂にその優しさを返すためには、いくら言葉にしても全然足りない気がした。
「我慢なんてしてない。僕はお前が傍にいるだけで幸せだ」
だから本当に全部、自分の心ごとすべて――藤堂にあげられれば良いのにと思う。
「佐樹さん、大丈夫?」
「あ、あぁ」
気遣う声とは裏腹に、突然尻にぬめりを帯びた感触がして肩が跳ねた。
「ここ、慣らさないと佐樹さんが辛いよ」
「あ、嘘。指……んっ」
自分では決して触れることなどないだろう窄まりの奥。そこを丹念になぞる指先の動きを感じる。たっぷりと塗りこめられたローションのおかげか痛みなどない。けれど身体が無意識に何度も逃げ出しそうになる。しまいには藤堂の腕にしがみついて、なだめすかすみたいに髪を梳かれた。
「ふっ、あ、あっ」
けれど髪を梳くその指が、何度も自分の中に飲み込まれていく指の感触を、更にリアルにしてしまう。藤堂の長くて綺麗な指が、自分の中をかき乱す感触に身体が震える。そしてそこから聞こえるいやらしい水音は、静かな室内に無遠慮なほど大きく響いていた。
「佐樹さん、痛い?」
「痛くないけど、なんか……変な感じする」
頭の芯がぼんやりしてふわふわしている。優しく中を解しながら、藤堂は余すところなく空いた片方の手で身体を愛撫をし、口付ける。もはや熱に浮かされたような気分だ。
まさか自分の身体がこんなに刺激に弱いとは思わなかった。
「ホントに大丈夫ですか?」
「平気、平気だから」
今更また心配げな表情を見せ、触れる手を引こうとする藤堂に軽く口付けて促せば、ほんの少し苦笑いを浮かべ、再びゆっくりと中を弄る。
「……んっ」
その動きと共に下肢から聞こえる、ぐちゃぐちゃと粘る音が羞恥を煽って仕方がない。けれど自然と上擦る声はまるでねだるように甘ったるくなる。しかし恥ずかしくて、それを飲み込もうとすると、藤堂の指はいっそう深く入り込む。
「あ、あ……はぁっ、あぁん」
あまりにも容易く拓かれていく自分に目眩がした。藤堂が気遣って、うんと優しくしてくれているのだと、それがわかっていてもじわりじわりと込み上げる感覚に身体が震える。
「やぁっ、藤堂。……や、だ」
「佐樹さん?」
思わず零れてしまった僕の言葉に対し、眉をひそめた藤堂の指が直ぐ様ずるりと抜けていく。急に空っぽになったそこが、物足りなさそうにヒクリとした。
「違っ」
慌てて目の前にある首にしがみつくと、戸惑いがちに小さく笑われた。
「無理しなくていいですよ」
「まだ、まだ……もっとちゃんとして、嫌じゃない」
「ちょ、佐樹さん。あんまり俺を煽らないでください」
自分を引き離そうとする腕を遮って口付ければ、ますます藤堂の表情が困惑したものになっていく。
「嫌じゃ、嫌じゃない。悪い、ちょっと怖くなっただけで……あ、そうじゃない。だから」
あまりにも容易く溺れていきそうな自分が、まるで自分ではないような気がした。触れてほしいのに、どうにかなりそうな自分が怖くなった。
「佐樹さん、もう喋らないで」
軽くパニックを起こし、早口になる自分に、苦笑いを浮かべた藤堂。その表情に息が詰まり、目頭が熱くなった。
嫌われたくない。
けれど瞬間――そんな気持ちすべてを飲み込んでしまうほど深く、口付けられた。
「……っ、ぅん」
絡みつく藤堂の舌がものすごく熱い。朦朧とし始めた意識の中で視線を持ち上げると、少し余裕のなさそうな表情を浮かべる藤堂がいた。
「……なっ。ちょ、んっ」
唇が離れたと思えば、今度はすっかり上を向いていた中心を握られる。急にゆるゆると直接的な刺激を与えられ、再び身体の中を深く弄られ、喉が引きつるほど強い快感が過ぎった。
「やっ、藤堂。あ、あっ」
「佐樹さん、気持ち良いの?」
「あぁっ、ん、気持ち、いい」
はじめて感じる背筋を走る、全身を撫でられるようなぞわぞわとした感覚は間違いなく、半ば上り詰めていく予兆だった。
「やっ、だめ、やだ。まだやだ」
背筋が痺れる感覚を堪えていたら、ふいに生暖かい感触が中心を覆った。先端を割るように舌先でなぞられて、あまりの気持ちよさに身体が震える。
「まだ、イキたくない」
「……」
思わずそのままイキそうになって、咄嗟に藤堂の髪をぎゅっと強く握りしめてしまった。あまりにも必死に止めるので、藤堂は不思議そうな顔をして僕を見つめる。そんな藤堂の視線と表情に、カッと頬が熱くなる。
「どうして?」
「じ、自分だけイキたくない」
真っ直ぐ目を見られて声が上擦る。そんなことを言ってる自分が恥ずかしくて仕方がないのに、藤堂は目を丸くしたまま動かない。
「藤堂?」
「……」
終いにはため息をつかれた。鬱陶しく感じただろうか。
「悪い、あの……」
胸の辺りがチクリと痛んだ。けれどふっと笑った藤堂に頭を撫でられ、頬に口付けられる。しばらくそのまま、なだめるように髪を梳かれるけれど、それがどうしてももどかしくて、その手を掴んだらまた小さく笑われた。
「佐樹さん、少し力抜いてて」
「……あ」
「一緒にイキたいんでしょ? もう多分、大丈夫だと思うけど、辛かったらちゃんと言ってくださいね」
指の代わりにあてがわれたものに、一瞬だけ肩が跳ね上がってしまった。それは指なんか比べ物にならならないくらいものだった。ほんの少し怯んだ僕に藤堂は口づけを落とし、今度は離れることなくゆっくりとそれを押し込んでいく。
ものすごい圧迫感に息が詰まって、自然と涙が浮かんだ。
「んっ、あぁ……ぅんっ」
熱い楔がゆっくりゆっくりと奥へ押し込まれていく感覚が、やけに興奮する。
「佐樹さん?」
「だ、大丈夫」
思わずのけ反り、シーツを握ってしまった僕の指先に触れた藤堂の手が優しくて、訳もわからず溢れた涙が零れ落ちた。
ゆるりゆるりと身体を揺さぶられるたびに、それは何度も伝い落ちる。
「あっ、あっ」
「……」
次第にぼやけ始めた視界に映る藤堂は、なにかを堪えるみたいに眉間の皺を深くして目を瞑っていた。
その少し苦しげな表情を見つめながら、僕は喘ぎともつかない情けない声をひっきりなしに上げた。上擦った声は自然とねだるように藤堂へ向けられる。
「はぁっ、ん……あぁっ。藤堂もっと、ちゃんと」
「佐樹さん、ホントに煽らないで、優しく出来る気がしない」
自分の中に感じる藤堂が、更にその形を大きく主張する。
けれど身体の反応とは裏腹に、こんな時まで冷静さを装おうとする藤堂は、僕を見ようとしない。
「優しくなくて良い。ちゃんとこっち見ろ」
「そんなこと言って、あとから文句はなしですよ」
「言わないっ」
触れ合えれば幸せ、傍にいられるだけで良い。でも藤堂の視線がこちらを見ないと不安になる。
だからちゃんと見て、抱きしめて欲しい――離れたくない。
「あっ、あぁ……んっん」
先ほどまでの緩やかな動きとは違う激しさに、身体中が粟立った。それは気持ち良さとは少し違うけれど、なんとなく満たされるような感じがした。
「あ、藤堂……そこ、あ、だめ」
「ん? ここ?」
「あぁっ! だめだって、言ってる、だろ」
身体の奥を掻き乱されるたびに、びくりびくりと跳ね上がる身体は、すっかり藤堂に見抜かれてしまっていた。何度も繰り返し触れられ突き上げられる感覚に、もう頭がおかしくなりそうだ。
抱き抱えられ揺さぶられると、奥の奥に藤堂のものが当たるような感じがして、身体がぶるりと震える。そして更に奥にある場所を擦り上げられれば、言葉にならない感覚が身体中に広がる。たまらず目の前の首にしがみつけば、優しい口付けと共にやんわりと髪を撫でられた。
「もう辛い?」
「あっ、ん……もう変になりそう」
「可愛いね、佐樹さん。じゃぁもうイこうか」
急にベッドへ押し倒されると、押し込まれていたものがギリギリまでゆるりと引き抜かれる。その感触に思わず不満げな声が漏れてしまった。
「本当に可愛すぎる」
「藤、堂? え? あっ、やぁ、んんっ」
引き抜かれていたものが勢いよく、再び奥に押し込められた。その瞬間の背中に走った感覚は全身を震えさせる。そしてベッドのスプリングがギシリギシリと、何度も悲鳴をあげ軋むほどに、それは激しく何度も抜き差しが繰り返された。
「あぁ……ん、もうっ、あっ」
一際強い快感に全身が震えると、ふっと意識が遠のいていった。
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