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Non Sugar?/2
 優哉は普段、こちらがいくら粉をかけてもなかなかその気にならない。そっちに関して淡白なのかと言えば、案外そうでもないような気はするのだが、反応が分かり難くて仕方ない。

 でも――そんなつれない男が今日は珍しいくらい、全く抵抗を示さない。

「今日は随分と素直なんだな。なんか気持ち悪い」

「不満なら退け」

「んなわけないだろ。毎日こうなら俺は大歓迎だ」

 眉をひそめた優哉の身体を強くベッドへ押しつけて、再び唇を合わせると、ふいに腰を掴まれ抱き寄せられた。

「なんだ? なんでいきなりそんな積極的なんだよ。明日、雪が降りそうだな」

 あまりにも予想外な行動に、思わず肩が大袈裟なくらい跳ね上がる。
 これは近頃の暖かい春の陽気の中で、豪雪になりそうなくらいに珍しいことだ。

「大歓迎なんだろ」

「確かにそうは言ったけどな」

 いつもなら押して押して押した末に、やっとスイッチが入るような男が、やけに優しい顔をして笑うと逆に恐ろしい。

「……なっ、ちょ、ちょっ、おい優哉っ」

 そしてほんの一瞬、油断をした隙に――いつの間にか優哉と俺の位置が逆転していた。唖然としてしまった俺を、見下ろす優哉の口端がゆるりと持ち上がる。

「なんだ、その嫌な笑い」

「別に」

 やけに含みのある笑いがいやらしい。相も変わらずデカい猫を飼い慣らしている男だと、たまに見せるこの表情を見るたび思う。

「……あっそ。なぁ、それより久々に良い感じのシチュエーションなんだ。たまにはお前からしろよ」

 腹ん中でなにを企んでいるのか知らないが、せっかくのこの場面を利用しないのは勿体ない気がした。
 ふっと目を細めた優哉の首元へ腕を伸ばせば、引き寄せる俺の力に逆らうことなく、ゆっくりと身体が傾き近づいてくる。

「あんまり俺を放置するなよ」

「相変わらず我が儘だな」

 ため息混じりに呟かれた言葉が口先に触れる。そして柔らかな感触を唇に感じて目を閉じれば、ぬめりを帯びた熱いものが深く口内に押し入って来た。
 呼吸をするたび漏れる喘ぎを飲み込むが、その度に舌先を吸われてくらりとする。

「……ん、ふっ、んんっ」

 鼻から抜ける自分の声がやけに甘ったるく響き、変に興奮してしまう。そしてそれを感じ取るのか、ますます俺を追いつめるように、与えられるキスが深くなっていく。

「ん、あぁっ、ちょっ。優、哉……もう離せ。苦し、い」

 どれだけこうしているのか最早わからないが、たまらず首に絡めた腕に力を込めると、小さな笑い声が目の前から聞こえてくる。瞑った目をほんの少し開けば、優哉は嫌味なくらい綺麗な笑みを浮かべていて、上がる息と共に心拍数が更に上昇していった。

「普段からこのくらい大人しければ、お前でも少しは可愛く見えるのにな」

 息も絶え絶えな俺を見下ろす優哉の目に、いつしか艶のある光が含まれていて、さも楽しそうに細められたそこには、息を荒げ頬を上気させる自分が薄らと映っていた。
 普段の俺も人のことは言えないが、この男もやはり相当タチが悪い。指先で首筋を撫でられ、情けないくらいヒクリと喉が震えた。

「……触るなっ」

 こいつがその気になるのは良いが、いいように扱われるのは若干腹が立つ。――とはいえ、息が上がりまくった今の状態で喧嘩を売っても、まるで勝ち目はないが。

「可愛くないな」

「あ? ちょっ、ぅ、んんっ」

 全く息つく間がないとはこのことだ。不機嫌度MAXで優哉が眉をひそめた瞬間に、再び唇と口内を貪られて半分意識が飛びかけた。
 さっきの文句にキレてはいないようだが、この男にしてはやはり珍しく押しが強い。俺はなにかこいつの余計なスイッチを入れただろうか。



「……死ぬ」

「構えだの、キスしろだの言っておきながら勝手なんだよお前は」

 力尽きてベッドに埋もれた俺の後頭部を、優哉はため息と共に無遠慮に叩く。しかし反撃しようにも指先さえ今はピクリとも動かない。

「お前が、がっつくから悪いんだろ」

 しれっとした顔がムカつく。エロからほど遠い顔しているくせに、スイッチ入った途端に人が変わりやがる。

「峰岸、お前試験はどうするんだ」

「……今それかよ」

 そしてこの切り替えの早さが更に腹立たしい。

「俺はそのために来たんだ」

 げんなりとした俺の視線をよそに、ベッドサイドに腰掛けた優哉は、放って置かれた教科書の頁を指先でパラパラと捲っていた。

「じゃぁ、俺が勉強して次の試験で10番内に入ったらなにかしてくれんのか」

「……するわけない」

「なんだよ、ケチだな」

 予想通りな答えだが、不愉快そうに眉をひそめられて、正直ムッとした。

「お前はやらないだけで、真面目にやればそのくらいにはなるんだ。それがわかってて、賭けに乗るほど俺はお人好しじゃない」

「つまんねぇ奴」

 テーブルに放られた教科書を視線で追いながら、俺は立ち上がりかけた優哉の背を咄嗟に掴んでいた。急に後ろへ身体を引かれた優哉は、一瞬だけ眉間に皺を寄せて振り返るが、俺を見るなり肩をすくめて再び傍に腰を下ろす。

「悪かったな。忙しくてほったらかしにしてた」

「全くだ」

 そもそもこの俺が学校の試験ごときで人の手を借りる訳がない。それを最初から知っていたのか、今気づいたのかは知らないが、優哉は俺の髪を梳きながら苦笑いを浮かべた。

「まぁ、ここにいることに免じて今日は許してやる」

「それはどうも」

 人の部屋で即寝するほど疲れているのに、こうしてわざわざ休みを潰してまでここに来ているということは、それなりに気にはしていたのだろう。
 掴んだ背を更に引けば、身を屈めた優哉の顔が目の前に近づいてきた。

「明日は1日ここにいてやるから大人しくしてろよ」

「安い飴だな」

 滅多に言わないこいつの甘い言葉は、やさぐれて刺々しくなっていたものが容易く解れていく。上手いこと飴と鞭を使い分けられている気はするが、仕方ないからほだされてやろう。

 やんわりと甘く触れる唇に誘われるよう、俺はゆっくりと目を閉じた。



[Non Sugar?/end]

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