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変わらぬもの/2
 コンビニから5分。集合住宅が建ち並ぶ一角に弥彦の家はある。丁度そこは一軒家と集合住宅地の境目で、さほど大きくはない家だが、真っ白な外壁とオレンジ色の屋根が、昔から近所の人達に目印にされていた。
 そして通りを挟んで向かい側に弥彦と優哉のもう1人の幼馴染、あずみの家があり、そこを更に2分ほど歩けば優哉の家がある。3人は幼稚園の頃からの付き合いで、今ではすっかりみな兄弟のような感覚だ。

「ただいまーっ」

 しんと静まり返った家の中にのんびりとした弥彦の声が響き渡る。普段は賑やかな三島家は、下の二人がいないだけで別の家のように全く物音がしない。

「いると煩いけど、いないとちょっと落ち着かないよね」

 後ろで靴を脱ぐ優哉を振り返り、弥彦はほんの少し困ったように笑う。毎日煩い煩いと愚痴を零しているが、今日は誰もいない静けさにほんの少し寂しさを感じた。

「慣れるとそんなもんなんだろうな。うちはいつも人がいないから気にならないけどな」

「寂しいこと言うなぁ。なんならうちに帰ってくる? でもきっと優哉は煩くて三日ともたないだろうけど」

 肩をすくめた優哉に弥彦はさもおかしそうに笑い、真っ暗な廊下の電気をつける。急に辺りを照らした蛍光灯の光に、優哉は眩しげな顔で目を眇めた。

「……今日お前んちカレー?」

「ん、そう。ご飯食べた? 一緒に食べていく?」

 リビングの扉を開けた途端に広がるスパイシーな香り。
 首を傾げた優哉を横目に、弥彦はリビングから続く対面キッチンへ足を向けると、鍋を火にかけた。

「お前んちのカレーは、味は好きだけど甘いんだよな」

 ぐるりと鍋をかき回す弥彦の手元を、カウンターにもたれ覗き込む優哉の顔が不服そうな表情に変わる。
 しかし不満げに口を曲げる優哉の反応に、弥彦は小さくため息をついた。

「仕方ないでしょ、お子様な味覚の人間しかうちにいないんだから。味が良いなら問題なし」

 昔から優哉は見かけによらず意外と我が侭な気質だった。普段は誰もが口を揃えて言うほどの優等生っぷりを発揮するのだが、時々こうして少し子供っぽい一面を見せる。
 けれど弥彦は慣れたもので、そんな優哉の性格はさして気になっていなかった。

「文句言いながらも食べるんだから、棚からお皿出して」

「はいはい」

「ハイは一回」

 ブツブツと文句を呟きながらも、大人しく皿を持ってくる優哉の姿に、弥彦は思わず吹き出すよう笑ってしまった。

「なんだ」

「優哉は文句は多いけど、素直で可愛いなと思ってさ」

「俺をお前の弟たちと一緒にするな」

「大丈夫、うちのより出来が良いから」

 眉をひそめムスッとした態度で皿を差し出す優哉に、弥彦はますます笑いがこみ上げた。
 そして笑いながらも差し出された皿にご飯とカレーを盛り付けて返せば、優哉はなんの躊躇いもなくそれを受け取り、リビングへと足を向ける。そんな不器用な素直さを持つ幼馴染が、弥彦には可愛らしく思えた。

「それにしても、お前なんでこんな時間に飯食べてるんだ」

「え?」

 背の低いリビングのテーブルに並べられた皿を引き寄せ、優哉はふと顔を持ち上げて首を傾げた。その視線を見つめ、同じく首を傾げた弥彦は、床に腰を下ろしながら真正面に座る優哉を見つめ返す。

「お前んちはいつも晩飯早いだろ」

「……あっ、そう言うことか」

 確かに普段、三島家は遅くとも20時頃には食事を済ませていることが殆どだった。けれど今日はもう時計は22時を回っていた。
 若干言葉の足りない優哉の問いに戸惑っていた弥彦だったが、やっと合点いったのか、苦笑いを浮かべつつも、もう一つの皿を引き寄せた。

「なんとなく1人でご飯食べる気にならなくてさ。希一は友達の家でご飯ご馳走になるっていうし、父さんと貴穂は婆ちゃんちでご飯食べてるし。だから今日は優哉が来てくれてホント助かった」

「ふぅん。まぁ、あれだけ普段賑やかだとそうなるか」

 1人で食べる食事は確かに味気ないものだと、最近それを優哉も知った。
 今日も家に帰って1人の時間を過ごすのが癪で、コンビニに寄ってビールを手に取った。恐らく気を紛らわせたかったのだろう。だからこそ弥彦の気持ちが、優哉は今なんとなくだがわかるような気がした。

「でもお前、いつまでも家主体の生活はマズイだろ。もう少し遊べよ」

「んー、それはこないだ父さんにも言われた。就職するつもりだったんだけど。ホントにやりたいことないなら大学行って少しは遊べってさ」

 大学は遊ぶとこじゃないよ、と皿をつつき、呆れたようなため息をついた弥彦に、優哉はカレーを口に運びながら肩をすくめる。

「物の例えだろ。大体、お前は浮いた話の一つもないんだ。親父さんだって心配するだろ。なんかないのか」

「えー? ないよそんなの。俺は優哉と違ってモテないし」

「……別にお前はモテないことないだろうけど、積極性がないから良い人止まりなんだ」

 弥彦は性格も穏やかで優しくて、誰が見ても人好きするタイプの人間だった。けれど大抵みな口を揃えて言う。

 三島くんはすごく良い人なんだけど――と。

「あと、あずみと一緒に居過ぎなんだよ」

「あっちゃん? んー、そうかなぁ」

「大学はさすがに一緒じゃないだろうな」

 不可解そうな表情で首を傾ける弥彦の反応に、頭を抑えながらも優哉は肩を落とした。
 いくら兄弟同然とはいえど、周りから見ればそう捉え難いものだと優哉は思っていた。けれど当人達は全くもって気にしていない。

「大学は別だよ。あっちゃんはやりたいことあるみたいだし」

「お前も少しは自分のこと考えろよ」

「……うん。でもさ、そう考えると、俺達って卒業したらバラバラなんだ。なんだかすごく寂しいなぁ」

「仕方ないだろ」

 しょんぼりと肩を落とした弥彦に、優哉は思わず小さく息をついてしまった。
 つかず離れずで、確かに長い間3人はずっと一緒にいた。しかし成長をして、それぞれがそれぞれの道を歩き始める時期が来たのだ。いつまでも昔のままではいられないのが現実。

「まぁ、仕方ないんだけどさ」

「卒業したら会えなくなるわけじゃないだろ」

「そうだよね」

 浮かない顔のままもごもごと口を動かす弥彦の姿を、優哉はカレーを掬う手を止めてじっと見つめた。

「焦るなよ。自分のことはこれからゆっくり考えれば良い。俺達はお前のことを置いていったりしない」

「……ん、ありがと」

「俺達はお前の世話になりっぱなしだからな」

 同じ歩幅で歩いていた仲間が急に離れていく。それは出遅れる立場から見れば、ひどく不安で怖いことに感じるのだろうと優哉は思った。
 その証拠に、珍しく弥彦の表情が暗い。

「それくらいしか出来ないし、俺は優哉やあっちゃんみたいな器用さはないからさ」

「馬鹿、お前が俺達みたいなずる賢い奴だったらがっかりだ。お前だから一緒にいるんだろ」

 大仰にため息をついて、優哉は些か俯き加減な弥彦に目を細めた。

「大体、お前じゃなかったら俺はここにいない」

「……そっか」

「それと今日は泊まる」

「へ? あ、うん。それは大歓迎!」

 唐突な優哉の言葉に一瞬目を丸くしながらも、弥彦は照れ隠しで下を向き、黙々とカレーを口に運ぶ幼馴染の姿に頬を緩めた。さり気ない優しさが胸に染みる。

「俺も色々頑張ろうっと」

「お前は頑張らなくて良いからちゃんと自分のこと考えろ」

「ちゃんと考えるよこれから」

 ふいに顔を持ち上げた優哉の眉間に寄った皺と、綺麗に平らげられた皿を見ながら、弥彦は小さく声を上げて笑った。




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