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変わらぬもの/1
 駅前の通りから少し外れたコンビニ。近所の人達しか使わないためか人入りは少なく、レジカウンターの内側に立つバイト達はお喋りに勤しんでいる。
 街灯だけがぼんやり光る薄暗い道からは、そんな姿がガラス越しに良く見えた。弥彦はふと駅前のスーパーに向けた足を止めて、踵を返し煌々とした光で辺りを照らすコンビニへ方向転換した。

「たまにはいっか」

 食パンと牛乳。ただそれだけのために、あと5分も歩いてスーパーへ行くのが面倒くさくなったのだ。日々の節約から、なるべくコンビニを使わないよう弥彦は気を使っていたが、今日は珍しくその意志が大きく揺らぐ。コンビニ前にたむろしている数人の高校生らしき少年達の横を通り過ぎ、弥彦は自動ドアをくぐった。

 それと同時か、やたらと縦に大きい人影を、少年達は目を丸くしながら振り返っていた。

「いらっしゃいませー」

 やる気のあまり感じられない声がコンビニに足を踏み入れた弥彦を迎える。しかし店内に入った弥彦に気づいたのは彼らだけではなく、目の前で鉢合わせた人物は驚きを露わに目を瞬かせていた。

「あ、優哉お疲れ」

「……あぁ」

 目の前で立ち尽くしている優哉の姿にすぐさま気づいた弥彦は、いつもの調子で片手を上げてへらりと笑みを浮かべた。けれどそんな弥彦の挨拶に、ほんの少し戸惑った顔で優哉は小さく頷いた。

「なにその幽霊にでも出くわしたような顔」

「いや、だってお前がコンビニに来るなんて思わないだろ」

「俺だってたまには来るよ」

 幼馴染のあんまりな返答に弥彦の細い目が更に細められる。むぅと尖った弥彦の口先に、優哉は苦笑いを浮かべて肩をすくめた。

「今日はお前だけ?」

「うん、貴穂は婆ちゃんちで、希一は部活」

 ふいと視線を動かした優哉に、身軽な両手を軽く持ち上げ弥彦はにんまりとした笑みを浮かべる。
 普段弥彦がコンビニに寄る時には、一番下の小さな弟貴穂や次男の希一が大抵一緒だ。珍しく1人で出歩く弥彦に、優哉は小さく首を傾げた。

「お前は行かなかったのか婆さんち」

 週末に弥彦は下の弟を連れてよく父方の祖母に会いに行くことがあった。しかし今の口振りでは、弥彦はそこへ行っていないように優哉は感じた。
 下の弟が弥彦にべったりなことを知っているだけに、その事実にほんの少し優哉は違和感を覚えた。

「今日は父さんに任せてあるんだ。仕事帰りに貴穂を迎えにも行ってくれるって。だからたまに1人も良いかなぁと思って」

 怪訝そうな表情を浮かべている優哉に肩をすくめ、弥彦は小さく笑いながら目的のものを求めて歩を進める。その動きにつられるように、優哉もまたその後ろ姿を視線で追った。

「あぁ、確かにお前はたまに羽を伸ばした方が良いかもな。毎日親父さんと弟の世話ばかりだし、自分の時間ないだろ」

「とは言っても、1人じゃ時間持て余しちゃってさ。結局大掃除な一日になっちゃった」

 食パンと牛乳を片手に振り返る弥彦は、複雑げな顔で笑う。
 普段から家事や家族の世話に追われていると、いざという時、人間は余暇の過ごし方がわからなくなってしまうもので、弥彦もまたそれと同様だった。

「そういえば今日は家に帰るの? いつも土曜日って西やんとこじゃなかった?」

 毎週決まってこの曜日。優哉がバイト終わりにそのまま、自分達の学校の先生であり、彼の恋人でもある人のところへ行っていることは、弥彦もよく知っていた。そしてそのおかげか、近頃はやたらと優哉の機嫌が良い。
 不思議に思い、初めてそれをもう1人の幼馴染に聞いた時、弥彦は至極納得してしまった。

「ん、あぁ今日明日は実家に行かないといけないらしい」

「ふーん」

 ほんの一瞬、つまらなそうな表情を浮かべた優哉の反応を見た弥彦は、無意識に緩んだ自分の口を引き結び、さり気なさを装い相槌を打った。

「なんだよ。気持ち悪いな」

 そんな弥彦に眉をひそめ小さく首を傾げると、優哉は手に持っていたものをレジカウンターへと置いた。

「ちょっと待った」

 バーコードを読もうと店員が商品を手にした途端に、伸びてきた手がそれを掴んだ。
 突然奪い取られた店員は目を丸くし、それを見た優哉は小さく舌打ちをする。

「最近また飲んでるの?」

 ぼそりと弥彦に耳打ちされ、優哉ははぐらかすよう肩をすくめた。しかしその返答に小さく息を吐き出し、弥彦は手にしたビール缶をカウンターに戻す。

「西やんに告げ口するよ」

「……わかった。悪いけどそれ、戻しておいて」

 眉間に皺を寄せる弥彦の顔を見て優哉はため息をつくと、財布を開きながらビール缶をカウンターの端へと寄せた。
 そんな戻されたビール缶と優哉達を不思議そうな面持ちで見比べながら、店員は慌ただしく会計を済ませた。

「前に一回止めたよね。いつまた飲みだしたの」

 お互いビニール袋を片手に下げながら足早にコンビニを後にする。先を歩く優哉の背を追いかけて隣に並ぶと、弥彦は覗き込むよう身体を傾けた。そんな気配にふっと顔を歪めながら、優哉は肩をすくめて苦々しく笑う。

「たまにだ。そんなにしょっちゅうじゃない」

「西やんに会えない時? 最近はすっかり優哉の精神安定剤だよなぁ」

「悪いか」

 なぜか感心したように目を瞬かせる弥彦。そんな反応を横目で見ていた優哉は、不満げに眉をひそめた。

「悪くないよ。西やんには感謝しないとだよね」

「……」

 ニコニコと笑う弥彦の顔を見上げた優哉の表情が、ほんの少し気まずそうなものに変わる。
 今でこそこうして何事もなかったように一緒にいる二人だが、2、3年ほど一緒にどころか口さえも利かなかった時期がある。その理由も言い訳も、優哉は今も弥彦に対して全くしていなかった。

「あー、今度もし今日みたいに時間空いたらうちに来なよ。希一も会いたがってたし、どうしても飲みたきゃ父さんのがあるし、ね」

 けれど弥彦はいつも優哉になにも聞こうとしない。どんな時も、いつもと変わらぬ笑みを浮かべて隣に立っている。

「……これからまだ暇か?」

「え? あぁうん。暇、これからうち来る?」

 ぼそりと遠慮がちに呟いた優哉の言葉に、一瞬首を傾げかけた弥彦は、その首を咄嗟に縦に振り笑みを浮かべた。
 

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