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Pure Days/1
 人の少ない休日の朝。止まらないあくびを噛み締めながら、車内がガランとした電車に揺られる。
 現在、時計の針は8時を少し過ぎた時刻を示す。いつもなら間違いなくまだベッドの中で惰眠をむさぼっている時間だが、今日は普段よりもずっと早い。

「……ん?」

 後少しで目的地というところで、ふいに上着のポケットに突っ込んでいた携帯電話が震える。休みの朝、絶対返事をすることがない俺に、メールをしてくる酔狂な奴はいただろうかと首を捻りながらもそれを開けば、これから会う人からのメールを受信していた。

「部屋で待ってればいいのに」

 開いた画面には――駅前で待っているの文字、思わず苦笑いしてしまう。彼の住むマンションは駅から目と鼻の先、恐らく部屋まで5分とかからない近さなのだから、わざわざ出てくる必要もないのだが、またいつもの所にいるのだろうか。

「最近すっかりあそこがお気に入りだからな」

 開いた電車の扉から慌しく駆け出し、俺は改札口を抜けて彼の背中を捜した。

「佐樹さん」

「あ、おはよう」

 駅前のショーウィンドを眺めていた彼は、叩いた肩をほんの少し跳ね上げ振り返る。けれど俺の顔を見るなり、あからさまに安堵の表情を浮かべた。その何気ない反応が可愛くて、どうしようもないほど愛おしさが込み上げる。

「おはようございます」

「こら、お前なぁ。いくら朝で人がいないからって」

 後ろから抱きかかえるようにして彼の身体を引き寄せれば、ぴったりとくっついた背中が小さく抗う素振りを見せた。しかしそれを遮って更に抱きしめる腕に力を込めると、すぐ諦めたみたいに力が抜けていった。

「なに見てたんですか」

「ん、子猫」

「へぇ、これマンチカンですね。最近もよく来てるんですか、ここ」

 彼が釘付けになっていたのは開店前のペットショップ。営業はまだしていないが、半分開けられたシャッターの隙間から店内が見える。そしてそこには、おぼつかない短い足でヨチヨチと歩く子猫の姿があった。

「んー、なんとなく寄っちゃうんだよなぁ。癒されるし」

「……ホント、好きですよね」

 ガラスを隔てた向こう側で、彼の指先を追いかける子猫は確かに可愛いとは思う。しかしそれに目を輝かせている彼の方が余程可愛らしいだろうとも思う。つい目の前の彼を隙間なく抱きしめ、後ろを振り向こうとする顔に頬を寄せてしまった。

「どうした?」

 しかし案の定、俺を見上げる彼は訝しげな表情を浮かべ、それと共に眉をひそめる。

「部屋に戻りませんか」

「あぁ、そうするか……まだ少し、眠そうだな」

 緩みきった頬を誤魔化すために、些か平坦な声が出てしまったが、彼は肩を揺らしてふっと笑みを零すと、まるで子供をあやすみたいに俺の頭を撫でる。ぼそぼそと話すのは眠いからだろうと、都合よく勘違いをしてくれたようだ。

「昼まで一緒に寝ますか?」

「馬鹿、せっかく早起きしてるのに勿体ないだろう」

 呆れたように肩をすくめ、彼は胸の辺りで組んだ俺の手を優しく叩く。

「せっかく佐樹さんと二人でいられる貴重な時間ですしね」

「んー、まぁ」

「なんですか?」

「別に」

 ふいに頬を染め、視線をさ迷わせた彼の指先を掴まえれば、小さく震えたそれが離れていこうとする。けれど俺は逃さないようしっかりとその手を握りしめた。

「藤堂は朝食べたか?」

「まだです、それよりも早く佐樹さんに会いたかったので」

「そ、そっか」

 ほんの少し上擦った声さえも可愛い。いつまで経っても慣れない彼は本当に驚くほど真っ白で、時折眩しすぎると感じることもある。けれどきっとそれが彼に惹かれる要素でもあるに違いない。

「……とりあえず帰って軽くなにか食べるか」

 そう言って身動ぎした彼は、握っていた俺の手を反対側の空いた手で掴み急に歩き出した。明らかにぎこちないその動きに、俺は思わず噴き出すよう笑ってしまった。

「笑うな」

「すみません、可愛くて」

「うるさいっ」

 俺の反応に彼はムッとして眉間に皺を寄せるが、今はどんな顔をされてもそう思わずにいられない。けれどさすがに何度も言えば機嫌を損ねるので、それは喉の奥に飲み込んだ。

「あれぇ、西岡さんもう帰るんですか」

「あ」

「……」

 ふいに彼を呼び止める声が背後から響き、お互い立ち止まると一瞬顔を見合わせた。

「もし良かったら中どうですか? 店長がどうぞって。新しい子抱っこしていきません?」

 のんびりとした声音でそう話す彼女はこの店のスタッフだ。よく彼が顔を出すので名前も顔もすっかり覚えられていた。彼女の言葉に彼の目が大きく瞬きをする。

「行きたい?」

 なんとなくうずうずした雰囲気を感じとり、その顔を窺うように覗き込めば、彼はこちらをじっと見つめてきた。

「せっかくだから行きましょうか」

「……あぁ」

 踵を返し、さり気なく繋がれた手を離すと、離れた彼の指先が上着の裾を掴む。それは手を繋げない時に彼が無意識にする行動の一つだった。
 

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あきゅろす。
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