名もない華の散り様(沖田+斎藤) 紅い紅い、鼻につく錆びの匂い。 手には紅に染まる一振りの刀。 だらんと下げられた腕に倣い、下方へ向く切っ先からは一滴、また一滴と地に滴が落ちる。 初めてだった、人を斬ると云う事が。 骸と化した名も知らない男を目の前に、己の行為を称える訳でも、殺したと云う畏れでも無く、ただ感情の無い瞳で虚空を見つめている。 手の平には、まだ生々しく刀が男の身体に吸い付く様に入り込んだと云う感触が残っている気がしていた。 己の手の平を何度か握っては開く事を繰り返し、まとまらない感情の正体を掴もうとする。 すると背後から砂の擦れる音がした、否、実際は音には成らず、そう感じただけだったのだが。 無意識に殺気を纏い、気配のした方へ刀を振る。 ガキンッ。 金属のぶつかり合う乾いた音が耳に突き刺さる。 そうして、追い付いた感情を宿した瞳で相手の顔を認識すると、大して驚いた様子も無く相手の名前を呼ぶ。 「あれ、一君どうしたの」 「……それは此方の台詞だ」 何事も無かった様に刀を降ろす二人。 ふと総司の足元に転がる影に気付くと、淡々とした口調で問う。 「斬ったのか」 「突然襲って来たのはあっち。殺らなきゃ殺られてた」 「……そうか」 更に畳み掛けると云う事はしない。 斬ると云う事にも今更畏れなどと云う感情も無い。 斬られた男には悪いが、ただ運が悪かったと云うだけの事。 すると、唐突に総司が声を開く。 「ねぇ、一君」 「何だ総司」 「……君が初めて人を斬った時ってどうだった?」 ざぁ、と一瞬強い風が二人の間を薙いだ。 空は赤く、山に太陽が沈み始める時刻。 辺りに人影も無く、風が通り過ぎた後、沈黙が流れた。 「………怖かった、かもしれないな」 「『怖い』?」 「思っていたよりも人間の身体は脆く、その命を簡単に奪えてしまう己の刀が」 「…へぇ意外だな。一君は恐怖なんて言葉知らないと思ってたよ」 「俺もだ」 「僕は良く分からないなぁ、やっぱり」 罪悪感でも生まれるかと思いきや、何一つ感じ無い。 あぁでも。 「楽しい、と思った、かな」 本当に小さく、今にも消え入りそうな程に呟く。 それは可笑しな事だと自制心が働いた様だ。 しかし其れを口にしてやっと理解した。 相手と自分、真剣でどちらが生き残るのか、普段は埋もれている本能が剥き出しになる瞬間。 過去にこんなにも開放感を感じた事があっただろうか。 答えは否。 「ねぇ、一君。君は楽しいと想う?」 何がとは言わない。 だが、斎藤はただ一言。 「さぁな」 それだけ返して、唐突に帰路に向けて歩き出す。 特に答えを求めていた訳ではない総司も一息肩を竦め、ゆっくりと刀を鞘に仕舞い、斎藤の後に続く。 (僕は狂ってるのだろうか) 不安と云うよりも、高揚とした感情で満たされて行く様だ。 そして、いつの間にか日が完全に落ち、暗い闇に支配された路を歩いて行く。 後書き 最後まとめられなかった…orz 何が書きたかったか迷子← [戻る] |