悪戯小鬼の逃避行劇(土方+沖田) ※軽いギャク的な内容 青空が広がり、緩やかな風が過ぎる昼下がり。 そんな爽やかな天候とは裏腹に、鬼の副長と称される土方の眉間に何時にも増して深い皺が刻まれている。 向かっている文机の上に重なっている書物を漁る様に掻き分け、目的の物を探しているのだが。 「無い…だと…?」 床に山積みになっている本の間など隈無く探したが、やはり見つからない。 思い当たるのはあいつしかいない。 次の瞬間に、土方の周りに漂う空気が険しいものに変わる。 そして唐突に部屋を飛び出した……―――。 そんな事態の数刻前に遡る。 「暇だなぁー」 屯所内を何気無く歩く沖田がぼそりと呟く。 今日は久々の非番。 京の街中は平和なもので、特に大きな事が起きない日々が続いている。 それはそれで全く持って構わないのだが、穏やかな時間がどうしようもなく暇を持て余す。 (確か、土方さんも非番だったような) その事を思い出し、こっそり悪戯を仕掛けようと彼の部屋へと足を向けた。 目的の場所が近付くに連れ、気配を断ち、そっと襖を開く。 その隙間から中を覗くと意外な光景が広がっていた。 「土方さんが…寝てるし」 先程まで机に向かっていた形跡があり、硯と筆が放置されている。 休みの日まで仕事を持ち込む土方に内心、関心しつつ軽く呆れる。 (休みの日位休めば良いのに、ねぇ?) まじまじと寝顔を見ながら想う。 しかし、寝ながらも眉間に皺が寄っているのもどうかと思うが。 しかも屯所の中だからとは言え、こんなに近くに居ると云うのに、起きないと云うのは少し問題が在るんじゃないのか。 そんな様々な事が巡りつつ、それだけ疲れが溜まってると云う事かと一人で納得する。 「ま、ゆっくり休んで下さい」 とそのまま出て行こうと、立ち上がる。 ふと机の上に積まれている本の山に目を向け、その一番上に置かれてるものを視線が捉え、何か思い付いたのか不敵な笑みを浮かべる沖田の姿があった。 「くそっ、あいつ何処に行きやがった」 屯所の中を巡り、背後には明らかな殺気を漂わせながら目的の人物を探した。 「副長、何か大事でもありましたか」 そんな土方の様子に気付き、声を掛けたのは、監察を担当する山崎だった。 真面目を絵に描いた様な彼の表情は、真剣そのものであった。 「あ、あぁ…いや大した事ではないんだが、そうだ山崎、総司を見なかったか」 「沖田さんですか?……あぁ先程何か愉しそうに中庭に向かって行った気がしますが」 「…………愉しそうに、なぁ」 苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべ、思わず舌打ちをする。 そんな副長の様子に首を傾げる。 「沖田さん、何かしでかしたんですか」 「いや、まぁ、山崎が気にする様な事じゃない」 何となく歯切りが悪い。 が、土方自身が気にするなと云う事ならば大した事では無いのだと言い聞かせる。 「そうですか、なら良いのですが」 「あぁ、すまないな山崎」 そして、中庭へ早足とも走っているとも言える様な速さで向かって行った。 その頃の沖田は、山崎が云う通り中庭に居た。 木の幹に背を凭れ掛けて土方の部屋から拝借して来た物を開きながら過ごしていた。 そんな所に丁度通り過ぎてく姿を目の端で捉え、声を掛ける。 「あっ、はーじめ君」 妙に上機嫌な沖田の様子に若干嫌な予感を感じつつ返事を返す。 「………何だ総司」 ちょいちょいと招く手種をする沖田。 それを一瞥しつつ、敢えて無視しようとしたが。 「一君、無視はいけないなぁー無視は」 「……………」 それでも気にせずにその場を去ろうとしたが、ふと沖田の手元に置かれている一冊の本の存在に気付き、思わず足が止まる。 総司が読書など珍しい。 そう想うのは斎藤以外でも賛同の声が聞こえてきそうだ。 「やっぱり一君気になるでしょ、これ」 悪戯心が滲み出ている笑みを浮かべ、斎藤に向かって表紙を見せる。 その本の表題は。 「豊玉発句集…」 鬼の副長と恐れられる副長の、隠れた趣味の結晶とも云うべき句集である。 最も、隠しきれていると思っているのは土方本人のみで、隊士の間では有名だ。 因みにこの豊玉発句集を無断で持ち出した件は今回が初めてでは無い。 「見たくないのかなぁ一君。折角あの副長から奪取…じゃなくて拝借してきたのに、勿体無いなぁ」 完全に面白がってる。 それに奪取も拝借も所詮同じ事だろ。と内心つっこみたい言葉を内に秘める。 そんな心揺らぐ誘惑に負けそうな己と戦っていると、正面からドタドタと大きな足音を立てながら向かって来る人影を捉えた。 その人影の背後には、触れただけであの世に逝ってしまうのではないかと思える程の殺気が漂っている。 「総司…てめぇいい加減にしやがれっ!」 「あ、土方さん起きたんですか?休みの日位ゆっくり休まないと駄目ですよ」 「更に疲れさせてるのは何処のどいつだっ!!」 「やだなぁ、そんな大きな声出さないで下さいよ」 「兎に角、その手にある物、大人しく返しやがれっ!」 「全く、何処かの悪人みたいな台詞なんか言っちゃって、だから鬼副長とか云われるんですよ」 「だからてめぇには関係無いだろうが、大人しく返さねぇと斬るぞっ!」 「あーあーあ、やだやだそんな物騒な事云う土方さんなんて」 漂う空気など沖田にとっては何処吹く風の様に反省する様子など微塵も無い。 そして凭れ掛かっていた木から唐突に立ち上がると、一つ満面の笑みを浮かべ、そのまま逃走。 「あっ、くそっ。総司待ちやがれぇっ」 「はいはい、僕に追い付いたら大人しく返しますよ」 あははと声を立てながら逃走、それを怒号を飛ばしながら土方も走って行く。 そんな二人の様子を見ながら斎藤は想う。 逃げ足だけは誰でも早いのが世の常だと。 それにしても。 「……あれは、見るべきだっただろうか」 沖田の甘言を疑い、滅多に無い機会を逃してしまったと云う後悔と、副長のあの鬼気迫る迫力を間近で見たと云う軽い驚きと、様々なものが脳内を巡る。 「まぁ、今度こそは」 あの副長の新しい内面を見る絶好の機会があるならば、やはり見たい。 意外と野次馬心を持ち合わせる斎藤一であった。 そして屯所内では日暮までその追い回しは続いた。 後書き 在り来たりネタで湧いちゃった件について しかも何時も以上に多分長い 書いててかなり楽しかったです← 斎藤さんの性格が今一安定しない(^p^) それとさりげに山崎さん初登場(笑) [戻る] |