空蝉の漂流行き着く所(藤堂+永倉)
唐突な目覚めに一瞬現実と夢想の区別が付かず、周囲に視線を巡らす。
どうやら此処は屯所の一室であるらしく、見慣れた風景が視界に入る。
額からは痛みに伴う熱が籠り、思考は朦朧としそうだ。
己の身に何が起きたのか思い起こす。
(俺…斬られたんだっけ)
先日、池田屋にて攘夷派の集まりがあると云う情報を得て、斬り込みに入ったのだ。
池田屋内ではお互いが一歩も引かずに奮闘した。
敵を討ち取り、何人か捕縛した後。あれは、一瞬の気の緩みであった。
終わった。と息を抜き鉢金を外した瞬間に潜伏していた攘夷浪士が斬り込んできたのだ。
反応が遅れた代償は今のこの様で。
「……あー…生きてるんだ俺…」
やられた瞬間、脳裏に浮かんだのは“死”と云う言葉。
それでも目覚めた事は不幸中の幸いというやつかなぁ。とぼんやり考える。
「やっと起きたのか平助」
突然掛けられた声、その声の主は、部屋の隅で壁に背を預けた姿で座っている永倉新八のものだった。
「新さん…何時から其処に?」
「お前が起きる前から居たぞ」
よっこらしょと緩慢とした動きで壁際から平助の寝ている布団の傍らに移動する。
「新さんが居る事、全然気づかなかった」
「相変わらず鈍い奴だな。だからそんな事になるんだ」
“そんな事”と表したのは平助の額に巻かれた包帯を指していた。
そして新八のその言葉は、まるで幼子を窘めるかの様な優しい響きを含み、冗談でも聞いている様だ。
思わず小さな笑い声が零れる。
「反省してないだろ」
「いや、ちゃんとしてるよ新さん」
「本当かぁ?……全くどれだけ皆に心配掛けたと思ってるんだ」
「え?」
「いや何でもない」
新八が小さく呟いた後者の言葉は平助には届かなかったが、平助は何を言ったのか悟る。
「……ごめん、新さん」
「回復したら土方さん達にもちゃんと言えよ」
「分かってるよ…」
すると安心したのか、疲れただけなのか突如襲う睡魔。
体内に籠る熱も刻が進む事に上昇してくる様な気がした。
その様子に気付いたのか新八は平助に掛かっている布団を掛け直す。
「もう少し寝ろ。寝て早く治せよ。お前が元気じゃないと調子狂う」
ぶっきらぼうな言葉の中には彼の優しさが含まれている事を知っていた。
素直にうん。と呟いて目を閉じた。
(早く、皆とまた駆け巡りたいな)
意識を手離す寸前にそんな想いが生まれ、絶対にそうなると誓いながら、絶えず襲う睡魔に身を委ねた。
後書き
池田屋辺りが書きたくなって…
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