忍魂(たま)小説 そんなアナタに僕は惚れた:三郎+雷蔵 深夜、昼間は騒がしい長屋も、子(ね)の刻を過ぎてしまえば静けさで包まれ、別の顔を見せる。 (…眠れない) 虫の鳴き声や葉のぶつかる音、山の方から聞こえてくる獣の声がやけに耳につく。 夏は当に過ぎたのに、まだどこか生暖かい風が吹いていて、三郎は布団を剥がし体を起こした。 体がほんのり汗ばんでいる。まだ厚い上掛けを出すには早かったかと溜息を吐いた。 (……) 隣では、自分に背を向けて雷蔵が眠っている。細い息が規則的なリズムを刻みながら、その度肩が動いていた。 普段は縛っている癖毛の髪が、今は白い布団の上で広がり、思わず触れたくなるような柔らかさを主張している。 「良い髪だ…」 思わず出た言葉は、常に思っていたことだった。 不破雷蔵という身体のパーツは完璧だ。 その髪は勿論、眉の位置も歯の生え方や口を開けた時に見える具合も…上げたらキリが無いくらいに。 思えば彼の笑顔が好きで、見惚れたのをきっかけに顔を借りるようになった。 一番好きな、顔。 「ありがとな。」 どうせ寝ているのだから届かないのに。 なのにどこか恥ずかしさがあり、小声で背中に言葉を呟く。 相変わらず、変化の無い様子。三郎は少し頬を赤らめると口元を押さえ顔を背けた。 (私って馬鹿。) きっと本人を目の前にしたら言えない言葉。言ったら雷蔵は『え?』と聞き返してから笑ってくれるんじゃないか、と。 一人微笑みを浮かべた三郎は、音を立てない様に立ち上がり、そのまま戸を開けると部屋を出た。 (……うわぁ) 足音が遠ざかっていくのを確認し、雷蔵は目を開けた。 (うわぁ…うわぁっ!) 体が熱い。きっと顔は異常な程真っ赤になっているんじゃないかと言う位に。 三郎が起きたと同じ位に偶然雷蔵も目を覚ましていて。 互いに眠れないのか、と話しかけようとした時に三郎の声が届いたので寝たふりを続けたが… 「…ホント、恥ずかしい奴だよね。君って」 ぎゅっと枕の端を握り、そして微笑んだ。 (ありがとう、か…) 普段は憎まれ口しか叩かないのに。 だけど本当は優しいってことも、不器用だからだってことも、ちゃんと知ってるから… そんなアナタに、僕は惚れた あぁきっと、自分は朝まで眠れない。 だって君に礼を言われただけで、 僕はこんなにも嬉しいのだから。 [*前へ] |