忍魂(たま)小説 empty96 第壱拾壱話 夜の闇に月の光が僅かに差し込む。その空間にドヴュッシーの『月の光』をアレンジしたヴァイオリンの音色が柔らかく流れていく。 だが 『ピッンっっ』 弦が切れて、白い頬に赤い線がピッと走った。 その傷から流れた血を指で拭い、口に運んで舌で舐める。 「…やはりあの子の歌に合わせた演奏は難しいわ」 一人言を呟いて、指を口から離した。 「千景お嬢様」 千景はヴァイオリンを机の上のケースに戻すと、使用人の方を向いた。 「滝夜叉丸は見つかった?」 「いえ。」 「仙蔵は?」 「いえ。」 思わず顔をしかめる。 「平に関しましては、何者かによって連れ去られるのが防犯カメラに残っていました。しかし、立花は研究室に行ったきりでして…」 「なら研究室を捜せば良いでしょう?」 「しかしあそこには研究対象しか」 「顔を確認しなさい。」 「すみません。」 足早に使用人が出ていく姿を溜め息をついて見守り、千景は窓辺に寄ると空の満月を見上げた。 「…ここはいつまでも夜なのね。」 私の心に、光は無い。 ****** それは、懐かしいあの日の夢だった。 『待てよー兵助』 『竹谷ぁ、お前虫よりも俺に構おうとか思わない?』 『何言ってんだよ!一度世話したら、最後まで世話するのが当然だろ?』 『ったく、生物バカ!』 いつもの様に授業の後に…そうだ、あいつと一緒に山に行こうとしてたんだ。 だけどなんでかあいつは行きたがらなくて… 「?」 うっすらと目を開ける。 同時に耳に入ってきたのは聴いたことの無い歌だった。 《私はここに居るの 叫んで、求めてる あなたに伸ばした手 だけど掴んだのは 現実という悲しみで。 狂おしい程の想いに 支配されるから苦しい》 「…なんの歌だ?」 部屋で一人酒を飲んでいたはずが、いつの間にか寝ていたらしい。 隣に座っていた孫兵が慌てて口を押さえた。 「すみません!」 「…いや。」 別に咎めるつもりで聞いた訳では無かったのだが。 竹谷は目を数回こすって孫兵に再度尋ねる。 「その歌、誰の歌だ?初めて聴いたが。」 竹谷の質問に、孫兵は返事をする前に携帯を出して何か操作をすると、数秒後にその歌と同じものが携帯から流れる。 「コレ、良い曲だと思いません?ある音大サークルが無料配布してるんですけど、結構好きではまっちゃって。」 「ふーん」 しばらく聴いていると、なんだか心が落ち着く気がする。 竹谷は再度目を閉じて、その歌に耳を傾ける。 《still...sting... 何処にも居場所が無い世界で 見つけたこの場所 眠る夢の世界と 崩れそうな、この心を 気づく時には いつも手遅れ 過去への後悔の 苦しみに縛られ リセットしたいと 何度も願った》 「!?」 突然、竹谷は目を開けてその携帯を手に掴んだ。突出のことで孫兵が驚く。 「竹谷先輩!?」 「この声…雷蔵だ。」 「え!?」 流れ続ける曲に、耳を傾けるが、男性にしてはあまり低くないテノール程の声色。 記憶の中で、孫兵は雷蔵の声を必死に思い出し重ねるが、首を捻るしかない。 竹谷が量を最大にし、よく耳を傾ける。 すると“やはり”と顔を微笑ませ、孫兵を見た。 「…見つけたぞ。」 「?」 「雷蔵…水星の居所だ!!」 **** 闘技場の客席に、長次ら土星の一同、そして雷蔵たちがそれぞれ固まって座っている。 長い沈黙があった。 三郎に促され、久々に出会った雷蔵と長次は、変わらない姿に安心したものの中々話し出せないでいた。 そんな中、後ろの方で一人座って暫く黙っていたタカ丸が席を立った。 「…ちょおっと、用事思い出しちゃった。ごめん、また今度ね」 「タカ丸っっ」 兵助が声をかけようと立ち上がったが、それを咎める様に服の裾を三郎が引っ張る。 「兵助」 「…じゃあな、タカ丸。」 去っていくタカ丸の背中を見送り、兵助が再び座ると長次が口を開いた。 「久しぶりだな、不破。」 「お久しぶりです、中在家先輩。」 雷蔵が頭を下げると、昔の様に頭を撫でた長次の手に、雷蔵は懐かしくなり思わず照れ笑いをした。 「やはりお前達は一緒に居たのだな。」 三郎が答える。 「俺達はこの現世を含めて計4回転生しました。その4回とも俺達は出会うことが出来ました。」 長次はまた暫く黙る。 雷蔵も三郎も兵助も、長次が口を開くのを待った。 自分たちが聞きに来たことを、多分この人は知っている。 そんな気がした。 「…自害した者は、次の世に転生することは無いと、昔本で読んだ。」 静かに話し出した長次に兵助は表情に影を落とし、膝の上で拳を握る。 「あの日…雨が降っていた。俺と…そう、伊作が一緒だった。学園長の使いで、町に行っていたんだ。その帰りに…見つけたんだ。」 雷蔵が「やっぱり、そうだったんですね…」と小声で呟いた。 「竹谷八左ヱ門が、斎藤タカ丸を殺して、その横で自害していた。」 雷蔵が兵助の顔を見ると、兵助は黙って無表情に話しに耳を傾けていた。 だが、拳だけが、ブルブルと震えている。 「お前らが知ってる様に、俺の所にはつい最近まで孫兵も一緒に居た。だが、1ヶ月以上も前に攫われた。」 「じゃあ、俺が見たのはやはり孫兵で間違いなかったんですね。」 その時期…丁度雷蔵がクラウンに選ばれ、兵助とお茶をした日の翌日辺り。 三郎はゲームを見に、一人で闘技場に来ていた。そこで土星と月のゲームを見ていた三郎は、偶然見たのだ。 孫兵がゲームに出ていたのを。 「攫った奴と、怪士丸が会っていた。」 長次の言葉に続けて、怪士丸が口を開いた。 「…僕が見たのはきり丸君だけです。きり丸君が、孫兵さんに声をかけてて。その時に、“ラーフ”って言ってたのを聞きました。」 久々に聞いた後輩の声。雷蔵が笑いかけると怪士丸は顔を僅かに染めて顔を伏せた。 「その後、きり丸の後を追おうとしたが上手く撒かれました。けど、きり丸はその時“竹谷先輩も居ますよ”って…」 【後書き】 そろそろ解決編を軽く織り交ぜながら承→転に持っていけたらなぁと思います。 だいたい20話くらいで現世編から過去編に話しを移したいと思います。 [*前へ][次へ#] |