アシンメトリー 今日は僕が図書委員会の当番。 午後ということもあって少し眠気があるけど、未返却者リスト作りだけは終わらせなくちゃ。 「おい、不破」 名前を呼ばれて顔を上げると見たことのある顔が…確かい組のやつだったかな。 「貸出頼む」 何冊かの巻物が置かれた。貸出カードの記入を確認する。 「お前って鉢屋に顔貸してるんだよな?」 「そうだけど」 目線はそのままに相槌をうつ。 今更過ぎる問いだけど、接点のない忍たまや先生には未だに聞かれるからさして驚きもしなかった。 「気持ち悪くないのか?」 「別に」 「ふーん。俺は無理だね、気持ち悪くて仕方ない。しかもあの鉢屋だぜ」 「鉢屋がなに?」 そいつは、おかしな生き物を見るような目つきをしていた。 「はぁ?知らないのかよ。あいつどこから来たのかも分かんないような奴だろ、胡散臭い。しかも学園から裏口の仕事受けてるって噂だぜ。自分の顔で行かれてみろよ、どこで恨み買ってるかわかりゃしねぇ。実力だけはあるから色々やらかしても先生たちはほとんど目つぶるし、ほんといけすかないやつだよな」 貸出カードに朱印を押して貸出の手続きは終了。 巻物をずいっと彼に押しつける。 こいつ五月蠅い。 「熱くなってるところ悪いんだけど、ここ図書室だから」 いつもの笑顔で笑いかけた。 未返却者リストには、お決まりの名前がつらつらと書かれていった。 潮江先輩と七松先輩は中在家委員長に回収を頼もう。五年の三郎と八左は今日あった時に催促するか。 それにしても、五月蠅かったな。 顔をあげて先ほどの五年生のことを考える。 三郎の成績に嫉妬したか、ちょっかい出されたか。 いづれにしても本人に直接手出しができないからって僕の所に来るのはひどいよね。 それって本人よりも弱いって公言しているようなものだよ。 弱い犬ほどよく吠えるっていうけどさ。 あと、三郎のこと知らないのかとか言わなかった? 何言ってんだか、ほんとむかつく。 三郎のこと一番知ってるのは、僕だから。 気持ち悪いとかも言ってたな…一発くらい殴ってもよかったかな。 僕のことはいくら馬鹿にしたっていいからさ、三郎のこと言うのは勘弁してほしい。 我慢するこっちの身にもなってほしいよね。 雷蔵の口の端がだんだん歪みはじめていた。 ああ、今すぐ追いかけて殴り倒したい。 殴るだけじゃ足りないかな、そうだよね、三郎のことを馬鹿にしたんだもん。 やっぱり腕の一本くらいもらっても…うーん、でもなぁ、足とかのが効果的かな…とりあえず動けないようにして……… 「おい、その辺にしとけ」 びくっと体が震える。 驚いて、声の聞こえた方を振り向いた。 そこには、同じ組の生物委員会委員長代理が立っていた。 「なんだ八左か、驚かせるなよ」 「こっちは礼を言ってほしいくらいだ」 そういうと彼は僕の手元を指差した。 「もう少しで折れてたぞ」 はっと視線を落とすと、色が白くなるほど手を握り締めていたらしい。 掌にすっぽりと収まっている筆がミシミシと音を立てていた。 「それ破壊したら弁償だったろ」 にっと彼は笑った。 その笑顔を見るとなんだか負けた気分になる。 「そうだね、一様お礼言っとく。」 「おう」 「で、何しに来たの?」 彼は机の向かい側に座ると、懐から本を取り出した。 「返し忘れてた、すまん」 さわやかな笑顔を浮かべて悪びれもせず謝る彼を睨みつけた。 「期限内に返してください。まぁ、今回は自分で返しに来たからリストから外してあげる」 「ほんとか、やりぃ」 「それにしても八左に気づかないなんてショック…」 いくら考え事をしていたからって、八左ごときに…ほ んと一生の不覚。 「それだけ集中してたんだろうな」 「うーん、三郎のこと馬鹿にした奴のこと考えてたら、すっごくいらいらしちゃってさ」 あっけらかんとした様子で言葉を放つ僕を見て、八左は深いため息をついた。 「お前、そろそろ何とかならないのか」 「三郎が生きてる限り無理だね。あ、僕より先に三郎は死なせないから一生無理か」 八左だって分かっているだろと言うと、彼は呆れきった顔で苦笑した。 「まぁ、そうだな。このやり取りも何遍したことか」 「数えるのすらめんどくさいね…あ、八左は三郎の噂知ってる?」 「学園外で仕事してるってやつか?」 「そうそう、やんなっちゃうなー。三郎が僕の顔で危ないことするはずないじゃん」 机の上に顎をのせて、頬を膨らませた。 「じゃ、止めれば?」 「それは無理!今度三郎に女装用の着物あげるんだもん。反物って高いんだよ」 「なら、お前が上手くやれよ」 「ですよねー。」 八左と会話しながらも思考は数分前に戻っていた。 三郎より弱いと思って僕を攻撃してくる奴なんて小物すぎるんだけど、やっぱり潰す。 歪な愛のアシンメトリー。 君より僕の方が、ずっとずっと大好き! [*前へ][次へ#] |