HEAD
2
 シャワーに戻って、何故か纏わりつく気まずさを洗い流すように少し熱めにした湯を浴びる。
 表皮がうっすら赤みを帯びた頃に湯を止め、そそくさと準備をした、といっても体を拭いて幽に貰った服を着て、財布と携帯と鍵をポケットに突っ込めばそれで十分だ。
 部屋の明かりを消すと、さっさと外へ出る。
 幽のところに泊まったなら、明日臨也に会うときも代わり映えのしないバーテン服になるだろう。それが少し残念だなどという思いを、臨也との関係が甘ったるいものでないと己に言い聞かせて抑え込んだ。臨也に会うことが、楽しみだなど認められない。
 そうやって自分までもごまかしたのに、何故か血を分けた弟ばかりは欺けなかった。静雄はやはり、臨也の如く息をするように虚飾することなどできないのだろう。
「何かいいことでもあったの?」
 甘ったるいアメリカのヌガーは非常に静雄の口に合い、体に悪そうな派手な着色も嫌いではない。
「別にねえよ」
 舌にねっとり絡み付くような菓子を味わう幸福を噛み締めながら、静雄は弟を見やる。彼は他者にはまるで情動を悟られぬだろう無表情でもってじっと兄を捉えていた。
「兄さん──…好きな人でもできた?」
「っ…!?」
 突然のことに否定すらできず目を見開く。鼓動が高鳴り、かっと頬が熱くなった。頭の中を忌々しい臨也が走り抜け、いよいよ自分が重症だと思い知る。
 それを黙ってじっと観察してから幽は、小さく頷いた。
「おめでとう。兄さん、うまくいってるの?」
「あ…いや、そんなんじゃねえよ、本当に」
「幸せそうで良かった」
 自分の言い分を聞き流されているのに、そう言われてしまうと反論ができなくなった。
 あんな男とこんなことになって、どんな言い訳をしようとも自分が喜んでいることを誰より自分が一番知っていた。それはもしかしたら、幸せなのかもしれなかった。
「明日、会うんだ」
 そう思ってしまうとつい、そんな言葉が口をついて出た。幽は一度大きく目を見開き、そして小さく顎を引いた。
「良かったね…今夜は帰って寝た方がいいかな」
「あー…いや、たまにはお前ともゆっくり話してえし…唯我独尊丸は元気か?」
「うん、ロケの間預かってもらってて…もう遅いから明日迎えに行くんだ。兄さんも会いたかったよね」
 そう言われると、あのふわふわした温度にとても触れたかったような気もした。だが静雄はゆっくりと首を左右に振る。
「いや、幽に会えりゃあ充分だ。元気そうで良かった」
「うん──兄さんも」


2019.5.4.永


12/12ページ


あきゅろす。
無料HPエムペ!