HEAD
エピローグ
 いよいよ明日は、また臨也に会う。
 仕事から疲れて帰宅した静雄は、シャワーの温かな湯に打たれふとそれを思い出した。
 今日も今日とてろくでもない言い訳を吐き散らす債権者に我を失い、盛大に暴れてしまった。いや、今週はずっとだ。そのくせ、無駄にいつも池袋をふらついている臨也とは全く会わない。
 ──寂しいなど、どうかしている。たった一度ヤったところで、そんな感傷的になどなるはずがない。だが──何故か、無性に、会いたいような気がした。
 と、シャワーの水音に紛れ電子音が鳴った気がして、静雄はふと顔を上げる。蛇口を捻り、湯を止める。と、さっきまでよりずっとクリアに携帯電話の呼び出し音が鳴っているのがわかった。翌日のことで少し浮かれていた気分は、いつもなら無視してしまうだろう状況でも、何故か応じたい思いにさせた。
 シャワーを中断し、戸を出たところに置いていたバスタオルでざっと水滴を拭うと、脱ぎ散らかしたままの衣服のポケットの中で喚く機械を引き寄せた。そして、何はともあれ電話を取る、と。
「──兄さん?」
「幽?」
 別に臨也に会うことなど楽しみにしてはいなかったはずなのに、勝手に彼からの電話だと勘違いしてしまっていた。そのことを、幽の声を聞いて感じた僅かな落胆に突き付けられ、そして確かに愛しているはずの弟に対してそんな風に感じてしまったことに更に打ちのめされた。
「今、大丈夫?」
「ああ…どうした?」
 その衝撃は臨也に斬りつけられ表皮を浅く削るナイフなどとは比べ物にならず、静雄はバスルームとの境に半身を預け、少し湿ったバスタオルを戸口の籠に投げ入れた。
「もし良かったら、今日これからうちに来ない? 兄さんの好きそうな菓子を買ったんだ」
「買った…ってお前、何かあったか?」
「ううん。海外ロケのお土産」
 静雄は相槌を打ちながら、ちらりと時計を見る。
 今から弟を訪ねたら、きっと泊まることになるだろう。終電を逃がしタクシー代をケチってパルクールで帰ってくるのも面倒だった。
「忙しかったかな、兄貴。ごめんね」
 第三者が聞いたらまるで無感動な、しかし静雄の胸に罪悪感を芽生えさせるに充分な響きに静雄は大いに焦る。
「いや、構わねえよ。今から行く」
「でも…予定があったんじゃないの?」
 幽の声を、静雄は見えもしないのに大きく首を振って否定する。
「今夜はねえよ。風呂に入っちまったから…ちょっと待ってろ。すぐに準備して行く」
「うん…ありがとう」


2019.5.1.永


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